「百ちょ森」を「てんけん」する

f:id:studio_unicorn:20190222130121j:plain

 渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで開催中の『クマのプーさん展』"Winnie-the-Pooh: Exploring a Classic"を観てきた。

 昨年の映画『プーと大人になった僕』"Christpher Robin"が予想外に素晴らしかったおかげで、ちょっとした「プーさんブーム」(もちろん原作=オリジナルの児童文学のほう。断じてディズニーキャラのほうではありません)が来ていた私はかなり楽しみにしていた展覧会だ。うまいことタダ券をゲットして観に行くことができたのは幸いだった。

 何しろロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)で昨年開催された展覧会の巡回展である。展示物や展示内容のクオリティの高さは言うまでもなく、A・A・ミルンA. A. MilneとE・H・シェパードE. H. Shepardが作り上げた物語の制作過程や背景などをきちんとキュレーションして展示構成に反映している。作品を鑑賞するのみならず、『クマのプーさん』の物語世界を体感できるような会場構成の工夫も凝らされている。

https://www.instagram.com/p/Bt7luJugn3b/

(上の写真は、会場内に限定設定された撮影可能スポットにて撮影しています)

 ただ、英語圏でない日本での開催ということへの配慮なのか、ロンドンでの展示とは構成を変えたようだ。その結果、日本ではミルンによる文章や物語制作への言及の比重が軽くなってしまった印象は拭えず、シェパードの挿絵原画や鉛筆スケッチなどの展示ばかりになってしまったような印象は拭えない。展覧会の図録はV&Aの発刊した英語の図録を忠実に日本語訳した本なので、おかげでV&Aでの展示構成を窺うことができるのだが、それを見ると、あるいはV&Aサイトのアーカイブで確認できる展示会場の様子を見ると、ミルンが「プーさん」の文章での言葉の使い方の面白さや言葉遊びに、一章を割いてスポットを当てている。だがこの日本展の実際の展示では、その言葉に対するパートがそっくり省略されていた。

 まあこれは、原作が英語で書かれているのである程度仕方がない、とも言える。原語で読んでいない日本人の観客(私自身もその一人)へのアピールが弱くなるだろうという配慮が働いたのだろうな。

 ではあるのだが、例えば「ミッフィー」や「ピーナツ」のように資格的要素の比重が圧倒的に大きいケースならともかく、「プーさん」はミルンの文章とシェパードの挿絵とが比重としては半々であるのだから、もう少し日本ならではの工夫ができたにも思うのだが。ただ、その代わりというか、石井桃子さんによる日本語訳の文章はかなり頻繁に展示原画と関連して掲げられていたので、その意味ではディズニーキャラとしての「プーさん」しか知らない人には、格好の入門にはなっているようには思った。

クマのプーさん 原作と原画の世界 A.A.ミルンのお話とE.H.シェパードの絵

クマのプーさん 原作と原画の世界 A.A.ミルンのお話とE.H.シェパードの絵

  • 作者: アンマリー・ビルクロウ エマ・ロウズ,(公財)東京子ども図書館 阿部公子,富原まさ江
  • 出版社/メーカー: 玄光社
  • 発売日: 2019/02/28
  • メディア: 単行本
  • この商品を含むブログを見る
 
クマのプーさん プー横丁にたった家

クマのプーさん プー横丁にたった家

 

  というわけで、かなりサイズの小さい原画やスケッチが詳細な解説や物語からの文章とともに並んでいるために、観客が一点ごとの鑑賞する時間が長くなる。おまけに、さすがプーさんの人気ぶりというべきか、会期が始まって間もないのにかなりの混みようだ。いきおい会場内で作品鑑賞を待つ人の行列があちこちでできていた。正直言って私などは、会期初期の平日の昼間だから空いているだろうとタカを括っていたものだから、この混雑ぶりに出くわしてびっくりしてしまった。この伝だと、春休みに入る会期後半や、特に終了近くにはものすごい大混雑になってしまうんじゃないの? この展覧会が気になっている方は早めの鑑賞をお勧めします。

 それでも、やっぱりシェパードによる挿絵の原画や、特に鉛筆スケッチ画の実物をたくさん直に観られたのは素直に嬉しい。シェパードは鉛筆スケッチからトレースをして印刷に使うペン画挿絵を制作していたそうだから、鉛筆スケッチは最終的な挿絵そのものに近い内容のものが多い。間近に見る、強弱も太さも自在な鉛筆のタッチが息づいている。その中で、何度も描き直したり描き加えたりしてキャラクターのポーズや絵の構成を試行錯誤した跡も窺えて、挿絵の制作過程がほの見えてくるのも興味深い。なんでもシェパードの鉛筆画は保存上の理由から、一度展示したら以後10年は公開されないそうだ。非常に貴重な機会であったのは間違いない。ぬいぐるみらしさを失わないことを心がけたというキャラクターたちの造形も心和ませるが、それ以上に背景に展開する英国の田園風景、特に植物の描写の正確さは注目に値する。ささっとスケッチめいた描き方ながら、きちんとその植物の特徴を正確に捉えているのだ。シェパードはミルンとともに、物語の舞台であるアッシュダウン・フォレストを実際に巡り歩いたそうだから、詳細な観察の成果なのだろう。中でも、ぐねぐねと枝が曲がった灌木やアカマツの樹々の描写の英国らしさと言ったら! 私もかつて英国に一年間留学した経験があるので、その時に見た田園風景を如実に思い出してしまって、実に懐かしい思いに包まれたなあ。

 昨年、映画『プーと大人になった僕』を観てから、当然のように私が持っている岩波書店版の原作(もちろん石井桃子さん訳!)を読み返し、これはぜひにもオリジナルの英語版を読まねばと原書の購入を検討したのだが、未だ果たせないでいる。せっかく展覧会を観たのだから、今度こそ手に入れるとしよう。

(2019年2月22日投稿)