耳の大きな象の物語

 ディズニーの実写版映画『ダンボ』"Dumbo"を、公開初日に鑑賞。多分筆が滑ってネタバレが含まれていると思うので、未見の方はご注意ください。

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 ここのところ往年の名作アニメを実写でセルフリメイクするのにずいぶんと熱心なディズニーだが、『プーと大人になった僕』が予想以上に素晴らしかったので、意外にもこのリメイク路線がなかなかクオリティが高いなと思った。変に「子供騙し」しておらず、きちんと大人の鑑賞にも耐えうる内容にしているのがいい。そこで、プーさんだけ観てダンボは観ないというのは反則でしょう。と思って観てきた。

 ディズニーの往年の名作であるアニメ版の『ダンボ』は、1941年の映画。なんと戦時中だ。翌日このアニメ版をレンタルして観たのだが、とても70年以上前の、太平洋戦争の最中に作られた映画とは思えないほどクオリティが高く、さすがに年月が経っても色褪せない古典的名作だと遅まきながら感心。

 その不朽の名作をティム・バートンTim Burtonが監督して作られたリメイクということで、どんな感じになるかと興味津々だった。だが表面的なバートン「らしさ」はやや封印気味(ドリームランドのレトロフューチャースチームパンクな造形にはバートン好みが全開だったが)で、手堅くまとめたな、という印象。ディズニーのアニメーター出身のバートンとしては、古巣で「お仕事」に徹した、という感じだろうか。フツーに娯楽作品として面白かった。物語としては心地よい予定調和、ラストがややあっさりしていた気もするが、1941年のアニメ版と比較すれば、ある意味「現代的」な終わり方とも言えそうだ。

 とにかくダンボの造形がかわいい! プーさんなどと違って、ダンボはひたすらフツーのアフリカゾウ。母親や他の象たちは造形的にもそのまんま象、フツーにリアルにただの象なのだ。アニメならともかく、実写でその「ただの象」らしさを損ねずにどこまでキャラクター性を出せるのか、ちょっと気になっていた。だが実際に映画に登場したダンボは、大きい耳も丸い頭もつぶらな瞳も、リアルな象らしさとキャラクター的愛らしさの間でうまくバランスをとっているなという印象。大きい耳で飛ぶシーンは圧巻の一言。胸がすくよう。この映画の最大の見どころといってもいい。

 でも、この映画は大人の鑑賞にも耐えうる実写リメイクだ。アニメ版にはなかった、ダンボにまつわる人間ドラマが物語の前面に押し出され、ダンボの母を想う気持ちがそこにオーバーラップしてゆく。アニメ版の上映時間は1時間少々。今回の実写版は2時間弱で、ほぼ2倍の長さ。アニメ版が「ダンボはサーカスの人気者になりました。めでたしめでたし」で終わっているのに対して、この実写版では人気者になるのが物語のちょうど半ばくらい。そしてそれ以降の物語が残り半分を占め、この「人間ドラマ」が全編に加わっている、いやむしろ人間側の視点を主にして語り直されていることで2倍に膨らんでいるのだ。これは、現代において古典のクオリティを保ちながら語り直すのに必要な膨らみ方だったと思う。むしろ、飛行によって人気者になったダンボと周りの佳き人々が、人間社会の欲望によっていかに翻弄され歪められたかこそが、ティム・バートンの最も描きたかったことではなかったか。かなりファミリー向けにマイルドに丸められてはいるが、ここには『シザーハンズ』や『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』『チャーリーとチョコレート工場』など過去のバートン作品と通底する、「異端なるもの」の悲哀が込められているのだ。耳が大きいことで「普通の象」ではないダンボ、「まっとう」な人の暮らしから外れたサーカスの団員たちは、あらかじめ普通と異なる「異端者」の烙印を押された存在で、その悲哀を描き、それへの共感で包み込む。まさにティム・バートンらしさの真髄だ。

 その視線は、映画の中に登場する興行師たちにも注がれている。第一次大戦後の1919年という絶妙な舞台設定の中で、消えゆく昔ながらのサーカス団と新しい遊園地ドリームランド(ディズニーランドの歪んだ鏡像にも見える。バートンの皮肉か?)の対比。両者に共通するのは「見世物小屋」が本質的に持ついかがわしさ(現代的な視点からすると人権的に確実にNGになりそうな)と、そこにつきまとう悲哀。それはいつの時代でもエンタメ産業全てが抱える「興行師=山師」的なダークな哀愁でもある。マイケル・キートンMichael Keatonが演じる、ドリームランドを主宰する興行師はいちおう「悪役」ではあるが、単なる記号的な悪者ではなく、興行師というものが本質的に持つ危うさを常にまとっているように見える。この辺りは演じるキートンの上手さか。「善玉」たるサーカス団長も同じ「匂い」を持ち、常に危うさを孕む存在として描かれる。こちらもダニー・デビートDanny DeVitoが好演。

 脚本にもう少し「粋」なところが欲しかった気もするが、総じて良い映画だったと思う。アニメ版へのオマージュが随所に散りばめられているのも実に良い(特に「ピンク・エレファント」!)。ダニー・エルフマンDanny Elfmanの音楽も、誠実なスコアで物語を盛り上げていて好感。

ダンボ オリジナル・サウンドトラック

ダンボ オリジナル・サウンドトラック

 

(2019年5月16日投稿)