あの映画を論じるということ

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(写真は2019年12月12日に、渋谷にて撮影)

 新三部作の完結編『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』"Star Wars: The Rise of Skywalker"の公開を間近に控えて、書店では「スター・ウォーズ」の関連本や雑誌の特集を見かけることが多くなった。その中で気になって購入したのが、高橋ヨシキ著『スター・ウォーズ 禁断の真実(ダークサイド)』(洋泉社)。

スター・ウォーズ 禁断の真実(ダークサイド) (新書y)

スター・ウォーズ 禁断の真実(ダークサイド) (新書y)

 

 書名やカバーのデザインはちょっとトンデモ本かと思ってしまうくらいアレだが、パラパラ中を見ると、非常に真っ当に資料を収集して検証した上で「スター・ウォーズ」を「考察」して論じているようなので、読み応えがありそうと思って買ったのだ。実際にはとても読みやすく内容が興味深いのと字が大きいのと(笑)で、読み始めたらすぐに読了してしまった。著者自身も「あとがき」の中で「本書の題名は出版社の営業サイドの要望によるもので、筆者にとって得心のいくものではない。」と書いているくらいなので、版元サイドの都合なのだろう。よほど興味本位に、トンデモチックに見せかけて売らないと売れないという発想だろうか。私からすると貧しいとしか言えない発想だが、本当にそうだとしたらたいへん残念だ。

 確かに「たかが映画」「娯楽のための消費物」と言ってしまえばそれまでなのだが、「スター・ウォーズ」シリーズは、その作品の評価そのものは脇に置いても、40年以上継続されて実に多くの人々に影響を与えた「大衆のための娯楽映画」である。であればこそ、映画作品を通じて大衆に向き合うための施策や努力が、その40年間の社会や文化を映し出す鏡の役割を(意識するとしないとに拘らず)持つのは間違いない。「たかが映画」を真面目に論ずることは、私たちの社会や歴史をより良く見通すことに繋がっていると思うし、その文学的考察は、人間理解の大切なひとつの手段たり得る。その評論活動が大きな金銭的利益を生み出さないからと言って、決してこの社会で不要なものでも余剰のものでもないのだ。

 「スター・ウォーズ」シリーズを平易に論じた本としては、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』公開前に出版された二冊がとても優れていた。すなわち河原一久著『スター・ウォーズ論』(NHK出版新書)と、清水節・柴尾英令著『スター・ウォーズ学』(新潮新書)である。本書はそれらを踏まえて、異なった切り口で「スター・ウォーズ」を論じているので、併せて読むと実に興味深い。ただ上記二冊は「フォースの覚醒」公開前に出版されたので、「フォースの覚醒」以後の作品(スピンオフ含む)までを論じているのは、本書だけとなる。

スター・ウォーズ論 (NHK出版新書)

スター・ウォーズ論 (NHK出版新書)

  • 作者:河原 一久
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2015/11/07
  • メディア: 新書
 
スター・ウォーズ学 (新潮新書)

スター・ウォーズ学 (新潮新書)

 

 本書は、いちおうシリーズの各作品を(スピンオフも含めて)、公開順ではなく年代順に並べて章立てしてある。だが、著者が「まえがき」で予め断っているように、各章では個々の作品は議論のトリガーとして扱い、そこから自由連想的にシリーズ全体に渡って形式を定めずに論を進めている。そのため、全体としてのまとまり感はあまり強くない。それでも、本書を最後まで通読すると、ジョージ・ルーカスが「スター・ウォーズ」で目指したものと、その社会における影響の有り様、そして跡を継いだ人々が何を目指そうとしたかを、著者が冷静かつ実証的に描き出していることに気づく。

 個々のエピソードにおける着眼点の中には、実に独創的で興味深いものも多い。エピソード4「新たなる希望」でほんの少し垣間見ることのできる「ファンタジーと日常性との連関」は、そのひとつだ。また「フォースの覚醒」以後の作品における、主としてディズニーによる「正当性」への努力についても、努めて冷静に論じられている。私の印象では、個々の作品が「どのような原因と意図そして経緯のもとに、今あるこの作品として表現されるに至ったのか」を特に強く意識して分析されているように思う。

 著者の高橋ヨシキ氏は、私は寡聞にして存じ上げなかったのだが、かなり活躍されていて知名度の高い映画ライターの方のようだ。実際、本書も非常に該博な知識と大量の調査取材の元に書かれている労作であり、それだけでも価値の高い一冊だ。

 それだけに、校正上・内容上の細かいミスが散見されるのは誠に惜しい限りだ。文章表現の甘さもしばしば目についてしまう。出版までのスケジュールがタイトで、原稿の校正や推敲に十分な時間がかけられなかったのだろうか。それらのほとんどは本の大勢に影響を与えないが、私がかつて編集者の仕事をしていたせいで、そういう校正上の違和感はついつい気になってしまう。ただ、あと一回でも校正を重ねれば、より完成度が高まったようにも思われるだけに残念だ。それでも、「スター・ウォーズ」のシリーズを「作品」として捉えることのできる人にとっては、本書が一読に値することは間違いない。
(2019年12月19日投稿)