長いお休みの果てに

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 つい先日のことだが、古書店にて、岩波書店の愛蔵版『アーサー・ランサム全集』全12巻を入手した。 

アーサー・ランサム全集 全12巻

アーサー・ランサム全集 全12巻

 
六人の探偵たち (アーサー・ランサム全集 (9))
 

 私とアーサー・ランサムArthur Ransomeとの少ない関わりについては、ずいぶん以前にこの日記で書いたことがある(2006年2月27日の日記2006年3月24日の日記参照)。そこでも書いたように、小さい頃からの大の本好きで、かつ留学するほどに英国好きな私がランサムに関してはどうも縁がなく、小さい頃に『六人の探偵たち』を一冊読んだきり。2006年に原書で読み始めたが、結局一冊めの"Swallows and Amazons"を読了しただけで途切れてしまっていた(汗)。

 小学生の頃にランサム作品に食指がイマイチ伸びなかったのは明確な理由がある。それは、本に囲まれて育ったせいかものすごく本好きで物語好きだった私が、もうひとつかなりの「動物好き」というのがあって、読む本も動物が出てくるものばかりだった、ということによる。動物がネタになってさえいれば、自然科学系の動物観察研究ものでも(学研から出ていた「動物の記録」シリーズなんか大好きだったなあ)、動物が擬人化されてしゃべったり動いたりする物語ものでも、どっちもOKだった。まあ、要は動物が出てこない物語に興味がなかったのですよ。だから同じ岩波書店から出ていた児童文学シリーズの中でも、ロフティングの「ドリトル先生シリーズ」はいろいろな動物がしゃべるは動くはで大活躍するからものすごく大好きで何冊も読んでいたのだが、ランサム作品には、そういう「動物の影」が感じられなかったので、あまり興味がノらなかったというわけ。

 ランサム作品以外にも、英国の(特に田園生活の)素晴らしさを伝えてくれる児童文学やジュブナイル小説(あと探偵ものと推理小説とファンタジー!)はたくさんあるので、そういう本に親しむことによって、私の英国愛はランサム作品抜きでも順調に(?)育まれていった。そういう意味で私にとって大きかったのは、岩波書店よりむしろ評論社から出ていた本だったように思う。メイスフィールド『夜中出あるくものたち』に始まり、リチャード・アダムズの名作『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』を経て、もちろんトールキンの『指輪物語』に至る軌跡である。結局かなりファンタジー寄りの道を歩んだことになるなあ。この3冊が私に与えたものの大きさといったら! これらの物語については、どこかでまた書かないと。

 

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 この岩波書店の『アーサー・ランサム全集』は、その後翻訳者の神宮輝夫さんによって改訳され、その改訳版が岩波少年文庫より『ランサム・サーガ』全24巻として出ており、現在もそちらは新刊書として買うことができる。

岩波少年文庫版ランサム・サーガ(全24冊セット)

岩波少年文庫版ランサム・サーガ(全24冊セット)

  • 発売日: 2016/07/01
  • メディア: 単行本
ツバメ号とアマゾン号(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)

ツバメ号とアマゾン号(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)

 

  一度翻訳した作品を改訳するほどに、原典ととことん向き合う神宮さんの姿勢には、全く頭が下がる思いがする。前出の『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』も神宮さんの手になる翻訳だが、こちらも改訳版が出ており、最初の訳書での間違いや相違点が全て訂正されてより原典に近い仕上がりになっている。

  ランサム作品も、今からなら当然改訳版を買うべきであろう。普通はそうする。だが、改訳版は岩波少年文庫版のみで、旧版の、あの美しい装丁の愛蔵版では出ていないのだ。現代の(特に都会での)住宅事情や子育て世代の経済的負担などを考えると、広く読者を獲得するためにコンパクトな少年文庫版のみで出るのは、まあ当然だ。

 そのことは重々承知なのだが、私が今もってランサム作品を読んでいないことに未練が残る大きな理由のひとつが、「この美しい装丁の愛蔵版を手にしたい!」ということ。身も蓋もない言い方をすれば「所有欲」「物欲」だ。多くの本好きの人がそうであるように、私もまた本好きであると同時に、本の装丁が大好きである。装丁の美しい本(というより私好みの美しさを備えた装丁の本)は、手に取るだけで心を浮き立たせてくれる。この「アーサー・ランサム全集」愛蔵版の装丁は、今なお多くの児童文学書の中で最高のデザインを備えていると、私は思っている。少なくともめっちゃ私好みだ。

 各巻表紙の、グレイ一色のクロス張りの地に、パステルタッチの素朴な帆船のイラストをあしらい、巻ごとにそのイラストの色を変えているという、最低限で最高の効果を生み出しているデザインセンス。現在でも十分に上質のものとして通用するシンプル&ミニマルな装丁のテイストは、当然ながら私のもっとも好みとするところだ。本を収納する外函の表1(オモテ表紙)と表4(ウラ表紙)部分も表紙のデザインに準じて極めてシンプルな構成で、その中に例のパステルタッチの、表紙のと同じ色の帆船が巻数ごとに一隻ずつ増えていくという、なかなか心憎い遊び心も込められている。

 小学生の頃に図書館や書店に行くと、その度に、なぜかどの書店でも図書館でも本棚の一番上の、従って手が届かない棚にこの『アーサー・ランサム全集』がずらりと背表紙を揃えて並んでいたのを思い出す。そして、半ば憧れの気持ちを込めて、それを見上げていたことを。物語それ自体への興味はともかく、装丁デザインの好みという面では、私は確実に小学生の時点でこの全集に惹きつけられていたのだ。うん、確かに私は「本棚に並んだ本好き」でもあるに違いない(笑)。

 大人になって、自分の思い通りのことを責任をもってできるようになると、この素敵なデザインの装丁の愛蔵版を我が家の書棚に並べたい気持ちが、ことあるごとにふつふつと湧き上がっていたのだが、旧版ゆえ版元ではとうの昔に品切れてしまい、書店の店頭でも当然見かけることはない。いきおい古書店を頼ることになるのだが、そうそうあちこちに転がっているものでもない。毎日目を光らせ続けているわけでもないし。

 ところが、たまたま先日ネット上で見つけた古本の全巻セット(しかも状態がそこそこ良い割に比較的安い)を発見。それが、自宅からさほど離れていない古書店の在庫だったのが幸いした。ここに40年来の念願(?)がようやく叶ったのである。

 しばらく、ずらりと並んだ背表紙を心ゆくまで眺めたら、今度こそアーサー・ランサム作品の全巻読破に取り組もう。一冊ずつ、焦らず、ゆっくりと。今は、他にも読み続けているシリーズや全集があるので、それらと交互に。

 

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(最初の2枚の写真は、2020年7月20日・21日に撮影。この写真は2002年7月2日に、英国湖水地方ウィンダミア近郊にて撮影)

(2020年7月26日投稿)