【映画記録】「宝石」という名を持つ人

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 これは、現代の私たちが本当に観なければならない映画のひとつではないか。

 とはいいながら、観た翌日に泊まりがけで法事に出席し疲れ果てて帰宅した上に、尚且つ別途に重大な懸念を抱える身としては、この映画についてじっくり書いている時間がないかもしれない。とりあえず「観たよ」とだけ書いておこう。

 ようやく観られたというべきか。ずっと気になっていた映画『リチャード・ジュエル』"Richard Jewell"(2019年)を、封切り公開他数度も観る機会があったにも関わらず機会を逸し続けた末に、レンタルのブルーレイで観ることができた。

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 見逃さずに済んで、本当に良かった。

 いわゆる「社会派」の作品は正直あまり得意でない。観終わったあとの後味を最重視する私にとって、その傾向の作品は非常に苦い、あるいはなんとも割り切れない後味のものが多いので、作品が制作された意義は分かっててもどうにも敬遠してしまうのだ。クリント・イーストウッドClint Eastwoodの監督作品を観るのも、実はこれが初めて。

 そんな、私の気を惹きそうにない映画の何が引っかかったかというと、実在したリチャード・ジュエルの役をポール・ウォルター・ハウザーPaul Walter Hauserが演じると聞いてから。2018年に『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』"I, Tonya"を観た際に、このぽっちゃり俳優の脇役ながらブキミな「怪演」ぶりが非常に印象に残っていた。なので、いよいよ主役に抜擢されたと聞いて、どんな演技をするのか興味があったのだ。ようやく実際に映画を観ることができて、期待通りの芸達者ぶりだったなと感嘆しきりだ。

 この映画はハウザーの他にも、ジュエルを救う弁護士役のサム・ロックウェルSam Rockwellに、母親役のキャシー・ベイツKathy Bate(この作品でアカデミー助演女優賞ノミネート)や憎たらしい新聞記者の演技が光っていたオリヴィア・ワイルドOlivia Wildeなどなど、俳優陣の演技力の高さを堪能するだけでも一見の価値ありだ。

 それにしても、「正義」を振りかざすマスコミの、先入観と思い込みという「イメージ」を優先した決めつけと取れる報道と、それに煽られた人々すなわち日本でいうところの「世間」が、いかに弱い立場にいる無辜の人とその家族を苛んでゆくものか。さらにおぞましいことには、FBIもマスコミもこの事件では、彼らにとって「都合のいい」無実の人を「生贄」に仕立てようとしていた節さえ見受けられる。

 この作品が突きつける理不尽で醜い、「正義」という名の悪意の危険性は、この事件が起こった1996年当時よりもむしろ、社会にインターネットが蔓延した現代の方がより深刻なのではないか。ネット上であっという間にフェイクニュースが拡散してしまう2020年に生きる私たちにこそ、この重い課題が突きつけられている。私たちは既にあちこちで第2、第3のリチャード・ジュエルを作り出してしまってはいないか。この実話が「今」映画化されたのも、その深刻さに警鐘を鳴らす必要を感じる、多くの人がいるからこそではないだろうか。

 ということで、これは、現代の我々こそが観なければならない映画なのだ。

(写真は2020年9月18日撮影)

(2020年9月29日投稿)