現代的な大家族の肖像

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 今年の5月28日に、小路幸也著『アンド・アイ・ラブ・ハー』を読了。読了してからずいぶん間が空いてしまったので、読了記録とは別の投稿として、少々思うところを書くことにしよう。

 

 小路幸也氏のライフワークである、大家族連作小説「東京バンドワゴン」シリーズの第14作。といっても本篇が3冊続いたあとで番外篇を一冊挟むのが通例になっているので、本篇だけならこれが11冊目になる。私はたまたま第1巻を読んだのが文庫本だったので、同じ体裁で揃えないと気が済まない性分の私としては、このシリーズは文庫化されるまで待ってから読むことになってしまった。従って、今作は文庫化されたばかりなので文庫ベースではシリーズの「最新作」だが、初出単行本の方は常に2冊ほど先行しており、今年の最新刊は既に第16作だ。

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 これだけ長く続いて、テレビドラマ化までされた(私は微妙な違和感を感じて観なかったが)大人気シリーズなので、もう説明不要でしょう。東京の下町にある古書店東京バンドワゴン」を舞台にした、今時とても珍しい「大家族モノ」の人情ドラマである。その4世代にわたる堀田家の血縁者だけでもかなりの人数だが、これまでの数々のエピソードで様々な人がこの一家に絡んで常連の登場人物として定着してきた結果、巻頭の人物相関図に書かれた人数だけでも50人近くに膨れ上がっている。さすがにここまで登場人物が増えてくると、軽い気分で読む方としては把握しきれず、「ここに登場するこの人、どういう経緯で物語の常連になったんだっけ?」な人物がけっこう多い(笑)。ただ、そんな人が出てきても、いちいち読む手を止めてシリーズ過去作を辿り直す……なんてことはせず(それも乙だとは思うが)、「まあ過去のどれかのエピソードで何かあって、その縁でお仲間になった人だなきっと」と流して(笑)、さっさと先に読み進むことにしているが。

 登場人数増大の件は作者ももちろん承知しているようで(書く方としてもコントロールできる人数には限りがあるのは理解できる)、ここにきてずいぶん「調整」している感じだ。円満な別居や旅立ち、そして悲しい別れも。人生の道をどう決断してゆくかは人それぞれ。出会いもあれば、別れもあるのが人の生きる道だなあと、しみじみ実感する。

 「大家族」というもの自体が、ある意味伝統的な家族観を内包しているような気もするので、あまりに大家族主義が強調されると少々辟易してしまうこともあるし、子どもが苦手な私としては、子どもを宝物扱いしすぎているように感じる描写が多いのも時には引っかかる。まあこれだけシリーズが長くなると、かなり惰性で読んでいる、という側面もなくはない。

 ただ、今作の解説にも指摘されているように、この「大家族」、それなりに現代らしい個人を尊重する距離感はとりつつ、かつ多様性も(ある程度)認めつつ、相当のおおらかさとともにかなり「現代的」な様相を見せているのも事実だ。もちろん、血縁がない人も「家族」の一員として取り込むのも。むしろ、縁があってともに暮らす、あるいは同じ時間と空間を長く共有する(いわゆる「ご近所さん」「お隣さん」も含めて)人は、血縁がなくても皆「家族」の一員なのだ。決して偏狭な「血縁絶対主義」に凝り固まることはない(2021年6月7日の日記参照)。このことはいくら強調しても足りない。この意味でシリーズ中最も傑出した作品は、最初の番外篇として出た『マイ・ブルー・ヘブン』だと強く思う。あの、終戦直後を舞台にした「ファースト・バンドワゴン」とも呼ぶべき物語の中で、血縁がなくてもひとつ屋根の下でともに暮らした人たちが、「家族」を形作ることの大切さを語っていたことは実に大きい。

 

 この点で、第1作に古書店の常連のひとりとして登場した藤島直也という人物は、このシリーズではたいへん重要な存在だ。彼は堀田家とは全く血縁関係がないが、様々なエピソードの果てに、今や家族の一員として堀田家の面々とともに暮らすまでに大きな存在となる。そんな彼は、自らの経験から伝統的な家族観や血縁観を明確に否定しており、今作では自分の血筋を残すつもりがないと明言して、子どもを宿す能力のない女性を、その力がないことをひとつの理由としてパートナーに選びさえする。藤田宜永著『愛さずにはいられない』の主人公に通底する血縁観を持つ彼を、堀田家の人々は温かく受け入れ、なくてはならぬ家族の一員として遇するのだ。ここにも、このシリーズの持つ度量の広い現代性を感じるのだ。

 これほどに居心地が良くて温かい、現代の視点から見ても理想的な「大家族」は、かつての日本に多く存在した旧来のそれも含めて、もう今の日本では望むべくもないのかもしれない。その意味では、この物語は「ありそうにない」ものごとを、実に日常的で「いかにもありそうな」エピソードで面白く描き出しているファンタジーだ、ともいえる。そこがこのシリーズの本質であり、人気の由縁なのだろうか。

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 ところで、著者によると「東京バンドワゴン」の世界では、新型コロナ禍はまだ起きていないらしい。疫病禍に見舞われた堀田家の姿が描かれるのかどうか、描かれるのであればどのような描かれ方をするのか。気になるところだ。

(写真は全て2021年6月5日に、神楽坂界隈にて撮影)

(2021年7月4日投稿)