紡がれた言葉は、永遠に。

 児童文学者・翻訳家の神宮輝夫氏の訃報に接する。

 享年89歳とのこと。

 今はただ、逝きし魂の安らかなる平安を願うのみだ。

www.asahi.com

 

 神宮輝夫さんの代表的な訳業としてよく挙げられるのは、『ツバメ号とアマゾン号』をはじめとするアーサー・ランサムArthur Ransomeの諸作品と、モーリス・センダックMaurice Sendakの『かいじゅうたちのいるところ』だろうか。恐らくこの訃報を受けて、多くのブログやSNSにおいて、神宮さんの訳した「ランサム・サーガ」や『かいじゅうたちのいるところ』について言葉が費やされることだろう。それほどに、神宮さんが長きに渡って日本の子どもたちや大人たちに残した足跡は、大きい。

 私自身も、昨年の夏に『アーサー・ランサム全集』全12巻を手に入れて、子どもの頃に叶わなかった夢を果たそうとしていたところだった(2020年7月26日の日記参照)。現在は事情により一時的に箱に詰めてしまい読めないのだが(涙)、箱から出せるようになったら必ず読もう。

 それはともかく、神宮さんの訳書の中で、私に最も大きな影響を与えた作品は、なんといってもリチャード・アダムズRichard Adamsの『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』"Watership Down"である。

 

   英国の田園を舞台に描かれる、新天地を求めて遍歴するうさぎたちの壮大な叙事詩。まさに「叙事詩」とか「大河のごとき物語」という呼称がこれほど相応しい物語も、そうそうないように思う。

 この物語を読んだことで、壮大で時に苛烈な物語に深く感銘を受けたのはもちろん、生と死についても深く考えさせられ、まことに大きな影響を受けた。子ども時代に、まずこの作品に巡り合ったことが、今の私の一部を形作っているといっても、過言ではないくらいだ。

 『ウォーターシップ・ダウン〜』への私の思い入れの強さは2007年2月8日の日記などをご覧いただくとして、訳した神宮さんご自身もこの物語には強い思い入れがあったようだ。実際、1975年に最初の訳書を評論社より刊行してから(私が最初に読んだのももちろんこのヴァージョン)なんと31年後の2006年に全面改訳をおこない、原典により忠実な新訳版(上記リンク先の商品)を同じ評論社から出したほどだ。

(その際に、「うさぎ」→「ウサギ」と、題名の表記の一部を変更している)

 その後に、神宮さんが今度はランサム諸作品を2010年〜2016年に全面改訳したことはたいへん話題になった。だが、『ウォーターシップ・ダウンのウサギたち』の改訳はそれに先行するもので、おそらく、この改訳の手応えが神宮さんを再びランサム作品に向かわせ、より原典に近づかんと志す原動力となったのではないか。その翻訳者魂たるや、見事というほかない。

  そして、その紡いだ言葉は、生死の時空を超えてなお生き続ける。

 なお読まれ続ける。

 人々に物語の喜びと、感動を与え続ける。

 

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(写真は2021年8月13日に撮影)

(2021年8月14日投稿)