中世は「暗黒」ではない

 引っ越しを目前に控えたバタバタのせいでなかなか読み進まないが、ウィンストン・ブラック著『中世ヨーロッパ ファクトとフィクション』(大貫俊夫監訳、平凡社)を少しずつ読んでいる。

 

 大学時代は中世ヨーロッパの美術史を専攻していて、中世の重要さをその頃からひしひしと感じ続けていた私なので、読む前からとても期待していた本であった。だが読み始めた途端にこれは期待通りの、というより今年の最も重要な書物のひとつなのではないかという思いにとらわれている。

 そのことは本文46ページの次の一説に端的に窺えると思うのだが、いかがであろうか。

中世の著述家、聖職者、科学者、建築業者、そして農民は、みな地中海とゲルマンの文化をキリスト教的な主題とイメージに結びつけ、完全に新しい中世社会を作り出したのだから、ローマ帝国やイタリア・ルネサンスの重要性に引きずられて判断してはならないのである。

 そう、そのひとつとして、千年にわたる中世の、様々な職業や属性の人々が総力を結集して、「ヨーロッパ」という、古代ギリシャにもローマ帝国にも存在しなかった「完全に新しい」ものを作り出したのである。それに対して、ルネサンスという時代はあくまで中世の作り上げたレールの上を辿る中で、古代文化の「再生」を行なったに過ぎないのだ。

 大学時代から常々、現在ある「ヨーロッパ」というものは古代でもルネサンスでもなく中世にこそ作られた、と認識してきた私としては、ヨーロッパにおいていかに中世が重要であったかを、これほど簡潔に表現した文章はないように思う。

 この本の主張することはただひとつ、中世ヨーロッパはローマ帝国と比べてもイタリア・ルネサンスと比べても、全く「暗黒」ではないということ。そして、おそらく、現代と比べても。

 そして、その「事実」を直視するために、後代の人々が作り上げたフィクションに基づく「思い込み」という罠から抜け出ること、その大切さである。