「歴史」を学ぼう

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 3月11日。

 東日本大震災から11年。

 あの災害の記憶を風化させてはいけない。

 大地震津波原発が引き起こした大いなる苦難と、復興への血の滲むような足掻きを忘れてはいけない。記憶すること、語り継ぐこと。それがとても重要なのだ。

 あの11年前の悲劇によって、私たちは、私たちが享受している平和な暮らしが、不断の努力なしには変わらず維持できないことを身をもって知った。その事実は、全世界の人々が今もって直面している非常に重い課題=新型コロナウイルス禍によって、さらにひしひしと強く実感することになった。

 そして今また、海と陸を隔てた彼方の、しかし空はこの日本と繋がっているウクライナの地では、人々の平和な日々は理不尽な戦争によって無残にも押し潰されている。

 朝にはおはようを言い合い、炊事洗濯や仕事や勉強や日々のルーティンの繰り返しを積み重ねる、平凡な日常。それがいかに脆くも崩れやすく、そしていかに大切なことか。我々は愚かにも、失ってから気づくのだ。永遠不変なものなど、この世にはひとつとして存在しない。

 だからこそなお、私たちはその平凡で単調な日々の暮らしを、意識して守らねばならない。それにはまず、過去に私たちが受けた苦難と悲劇を忘れないこと。忘れずに語り継ぐこと、引き継ぐこと。風化させないこと。私たちに先んじた人々そして私たち自身が辿ってきた道=「歴史」から学び続けること。そして、想像力の翼を広げて、私たちの外にいる人々の同じような苦難と悲劇に、想いを馳せること。自分たちの経験してきた「歴史」に照らし合わせて、それぞれの可能な方法で手を差し伸べること。

 「歴史」はこれまでの人々が辿ってきた、さまざまな人生の経験の集積である。

 経験から学ばぬ者は、経験してきたことを活かせぬ愚か者である。

 よって、「歴史」から学ぼうとしない者は、愚か者である。

 

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 「歴史」を学ぼう。

 「歴史」には、人々がおこなってきた、実にさまざまな優れた行いや愚かな行いが詰まっていて、私たちがこれからどう行動するべきかを考えるための、実に豊富な指針や材料を与えてくれるのだ。

 繰り返していう。

 「歴史」から学ぼうとしない者は、愚か者である。

(写真は2点とも、2022年3月10日に東京・渋谷にて撮影)