シカゴピザでお祝いを

 

 5月12日は、私の妻の誕生日。

 毎年同じことを書いて恐縮だが(でも書くけど)、この日から私の誕生日5月17日までの5日間だけ、夫婦同い年になる。

 今年は、天気予報で誕生日当日が雨模様との予報が出ていたので(実際に雨が降る一日だった)、前日の夜に六本木の東京ミッドタウンにある「RIO BREWING & CO BISTRO AND GARDEN」(リオ・ブルーイング・コー ビストロアンドガーデン)にて、二人でシカゴピザを食べてお祝いした。

 

 

 この店は自社醸造のオリジナルクラフトビールを始め、様々なクラフトビールを飲めるのがウリなのだが、もうひとつの看板商品が、このシカゴピザChicago-style Pizza。

 文字通りシカゴで親しまれていたピザだそうだが、別称ディープディッシュピッツァdeep dish pizza。その呼び名通りにリムが立ち上がった深いうつわ状の生地に、たっぷりのチーズやフィリングを詰め込んで、型を使って焼くのが特徴だ。

 最近は日本でもシカゴピザが食べられる店が出てきて、けっこう話題になっていたので以前から気になっていたのだが、昨年の12月にこの店を訪れて「初シカゴピザ」を体験することができた。

 したがって今回は2度目のシカゴピザなのだが、注文したのは前回と同じで最もオーソドックスな「シカゴクラシック」(上の写真)。トマトソースがたっぷりと入って、さらに緑&黒のオリーブの実がふんだんに投入されているので、さっぱりしたイタリア風の味わいが私たちの好みによくマッチしている。トマトとオリーブの酸味がチーズのこってり感を和らげているのもポイント高い。

 

 

 この晩も、この美味しいご馳走ピザを心ゆくまで堪能しました。通常の平たい生地のピッツァだと、トッピングがどうあれ食べる主体はあくまでピッツァ生地である。だがシカゴピザはフィリングがたっぷり詰まっているために、どちらかというとそのフィリングを主に食べている、という感覚になる。トマトやチーズがメインの煮込み料理を、うつわ代りのパイ生地ごと食べている感じ、といいますか。

 まあ二回食べて、シカゴピザがどんなものかわかったということで。ひとまず満足。

(2022年5月15日投稿)

エスニックディナーを「ごはんファクトリー」で

 

 2021年8月28日の日記に書いた私のスパイスカレー作りだが、昨年9月に新しい家で暮らし始めてから、今でも続いている。とはいっても、先述の通り引っ越してしばらくはプチ適応障害で心身ともに激しく不調だったためとても料理をする余裕がなく、ようやくここ数か月になって徐々に再開。新しい家のキッチンの収納の配置やガスコンロの使い勝手にも、作るたびに少しずつ慣れてきている感触だ。

 私の妻が参加している地域の栄養士会が、活動の一環でこのところ豆を使ったレシピ作りに取り込んでいるらしい。そのため、最近我が家の食卓にはいろいろな豆を伝った料理がよく登場する。そうした料理作りの中で茹でた白花豆と金時豆が、それぞれ100グラムずつ中途半端に余ってしまっていると妻がいうので、私が引き取ってこの日の夕食用に作るスパイスカレーの具材に使用した。豆だけでは口の中でもそもそしてしまうので、食感にアクセントをつける意味合いでスライスしたごぼうも投入。最近私が凝っている青唐辛子とコブミカンの葉(バイマックルー)も加えて、少々タイカレーっぽい風味を効かせている。

 いい感じにカレーは仕上がったが、夕食にこれだけではタンパク質方面でやや物足りない。ということで、妻がこれに合うようにと、カレー作りをする私の横で鶏むね肉のカバブを作ってくれた(下の写真)。新居のキッチンカウンターは完全アイランド型で、余裕で二人が同時進行で別々の料理を作れるのが嬉しい。おかげで、こうして夫婦の充実した「ごはんファクトリー」を自宅でおこうなうことができる。

 AEGのオーブンでじっくりとローストし、鶏肉の表面に香ばしく焼き目がついてシズル感満点。使用した鶏肉がむね肉でしかも皮なしなので、見た目とは裏腹に食感はとてもさっぱりして食べやすい。一緒にローストしたじゃが芋も実に香ばしい。もちろんスパイスたっぷりで、実にエスニックな味わいだ。

 

 

 夕食で食べるときには、冒頭の写真のようにスパイスカレーライスとカバブを一緒盛りにしていただく。盛り付けに使用した皿は、もちろん2022年3月12日の日記で紹介した、建築家の吉田愛さん監修のカレー皿「plate245」だ。リムがしっかり立っている形状が、汁っぽい料理と固形のおかずをいい感じに同居させてくれる。なかなかナイスなエスニック料理の一夜でした。

 あ、もちろん、翌朝の朝食も、この組み合わせで(笑)。

 

(2022年5月4日投稿。けっこう以前のことだが、どうしてもこの料理写真を出したかったので)

限りなく懐かしい、「イタリア的」なもの。

 

 我が家からほど近い映画館「下高井戸シネマ」にて、イタリアの名匠パオロ・ソレンティーノ監督Paolo Sorrentinoの最新作『Hand of God -神の手が触れた日-』(英題:The Hand of God、イタリア語原題:È stata la mano di Dio)を観た。

 米国アカデミー外国語映画賞を受賞した『グレート・ビューティー/追憶のローマ』"La Grande Bellezza"を観て深く感銘を受けて以来、それ以前の作品も含めソレンティーノ作品は欠かさず観てきた私だ。前作『LORO 欲望のイタリア』の時は試写会を観るという僥倖を得たのだが、それについては2019年10月31日の日記に記した通りだ。

 

studio-unicorn.hatenablog.com

 

 そのソレンティーノ監督の最新作ということで当然観る気満々だった私だが、今回の作品は少々事情が違う。ネットフリックスによる配信主体で公開され、映画館での上映は限定的にとどまるという、最近よく見かける公開パターンの作品だったのだ。

 

www.netflix.com

 

 私はどうもサブスクというのに馴染めないせいか、まだいかなる映像配信サービスを利用したことがない。さらには目の力が大いに弱ってしまったせいで、端末やテレビの画面で長時間映画を観ることがより少なくなりそうな昨今の状況では、今後もサブスクに登録することがあるか疑問だ。不思議と映画館で観る分には目の疲れはかなり少ないので(おそらく目の凝らし方が少ないからだと思う)、映画館ではこれからも大いに観たいものだが。それに、そもそも映画館の大スクリーンと素晴らしい音響は、容易には家庭では手に入らない。この日記でも何度も書いたが、やはり映画は映画館で観てこそ、という思いは今も変わらず強い。

 それでもよくしたもので、とてもありがたいことに、この下高井戸シネマではそういうネット配信主体の話題作がよく上映される。この『The Hand of God』ももしかしたら……と思っていたら、ほんの一週間だけだが上映してくれたので、めでたく見逃さずに済んだというわけだ。

 長尺ものが多い印象のソレンティーノ作品の中では、比較的短め?の2時間10分という上映時間。しかも毎回全編にわたって古楽やクラシックからクラブミュージックまでジャンル無用で音の洪水の如くバンバン音楽を使いまくるソレンティーノ監督にしては極めて珍しく、劇中で使われる音楽が非常に少ないという、ある意味「異色づくし」の作品だ。

 異色といえば今作の題材そのものが非常に異色なのかもしれない。これまであまり表立ってパーソナルな作品を作ったことがないソレンティーノ監督が初めて自らの少年時代を、1980年代(特に1986年)の生まれ故郷・ナポリを舞台に描いた作品だからだ。16歳の主人公ファビエットは名前こそ変えているが、その人物像は監督自身の少年時代を色濃く投影し、彼が見舞われる家族の痛ましい悲劇は監督自身の16歳の時の体験だという。

 この映画の魅力と複雑さについて語っている、二つの優れたレビュー記事を見つけたので、以下に貼っておきます。作品の概要もつかめるので、未見の方はぜひお読みください。もしかしたら、観ずにはいられない気分になるかも!?

 

cinemore.jp

realsound.jp


 さらに、以下のリンクは、ソレンティーノ監督と主演のフィリッポ・スコッティFilippo Scottiへのインタビューを掲載した記事。監督がこの作品の制作に込めた思いを語っていて興味深い。また、監督の近作では珍しい若者の主人公(監督の少年時代を基にした話だから当然と言えば当然だが)を演じたスコッティが語る、撮影での微笑ましいエピソードも読める。

 

www.banger.jp

 

 

 私個人の感想としては、極めてパーソナルな内容の作品で、中には痛ましい悲劇に目を背けたくなる場面があってさえも、ソレンティーノ監督らしい映像美が健在であったことが、何より嬉しかった。何しろオープニング映像の、海側からグーンとゆっくり迫って、やがて画面いっぱいに広がるナポリの街並みの全景描写からさっそく圧倒される。それに続くのは聖ジェンナーロ(San Gennaro、ナポリ守護聖人。この聖人のまるで成金のおっさんのような俗っぽい出で立ちと描き方は、まさにソレンティーノ節炸裂。本領発揮だ)と精霊ムナシエロmunacielloにまつわる、幻想的で絢爛たるエピソードだ(打ち捨てられた貴族の館の暗い部屋の中で、傾いで置かれた輝く小山のような巨大なシャンデリアの、神聖さと俗悪さの両面にまみれた美しさといったら!)。冒頭から目眩くソレンティーノ一流の映像美に眩惑され、その「マジック」のおかげで、その後から始まる「現実的」な物語の映像が、まるであらかじめヴェールを透かして見ているような錯覚すら覚えてしまう。

 私自身は、イタリアへは何度も行ったことがあるにもかかわらず、ナポリへはまだ一度も足を踏み入れたことがない。だが、この映画を観たあとでは、そのことに忸怩たる思いを抱いてしまう。それほどにこの作品に映し出されたナポリの映像は、実に甘美で美しく、監督自身の回想のヴェールに包まれてさらに幻想的に、どこまでも尽きせぬ郷愁に満ちて胸に迫る。これまでのソレンティーノ作品と同じくこの映画でも多用されている、手前からゆっくりとカメラが奥に進んで風景がおもむろに広がってゆく、あの悠然とした画面の展開ぶりに目を、心を大きく揺さぶられながら。

 

 

 そしてこの映画を観て私は初めて気づく。なぜソレンティーノ作品に映し出されるイタリアの風景が、これほど私の胸に迫るのか。この物語の主な舞台は1986年。私が大学時代の交換留学で英国で一年間暮らしたのがそのわずか4年後、ほぼ同時期といえる1989−90年。私はその一年間のうちで、休暇などを利用して西ヨーロッパの各地に放浪のような旅を繰り返したのだが、その中で英国・ノルウェー・イタリアの3か国はとりわけ印象深く私の中に残った。

 『Hand of God -神の手が触れた日-』の中で再現された1986年のイタリアは、そしてナポリは、ソレンティーノ監督にとっては幼少期より親しんだ、彼の原風景ともいえるものだ。おそらく、彼がこれまでに作ったすべてのイタリアを舞台にした作品の根幹をなしているといってもいい。そしてそれは、私にとっても決して無縁の風景ではなかったのだ。

 先述の通りナポリそのものには行ったことがないものの、あの時訪れたフィレンツェシエナヴェネツィア、ローマやラヴェンナやその他の街並みや通りの風景、人々の佇まいはまさにあの画面に映し出されたものと(同じく回想のヴェールに包まれながら)寸部違わぬものとして私の目の奥に映っている。もちろん、イタリアの各地方や各都市を一括りにしてしまうことの愚かしさを今の私は重々承知してはいるが、それでもなお、自分にとっての「イタリア」の映像的な原点を鑑みるとき、かの国の様々な街や地方はある種の共通性を持って浮かび上がってくる。

 スクリーンに映る実際に見たことのない景色が、私の中ではすでに記憶の中で見た風景として、限りない懐かしさを湛えて目の前に広がっている。そんな錯覚のような、不思議な感覚を呼び起こしてくれるのが、私にとってのソレンティーノ作品に出てくるイタリアの風景なのだ、と思う。だからソレンティーノ作品に出てくるイタリアの風景を、より一層のエモーショナルな高まりとともに味わうことになるのだ、と。陽光に照らされたナポリの街角の強烈な陰影や、ファビエットの家族や親族たちが集う海辺の断崖の上に建つ古い館の玄関ポーチの暗がりや、彼らが暮らすアパートのキッチンやバルコニーの佇まいを、いつまでも眺めていたいと思うのだ。

 

 

 ファビエットの周りに登場するエキセントリックな人々や、この映画にもてんこ盛りで雑多に入っている(ソレンティーノ作品ではお馴染みの)「謎」なシーンのこと。そしてマラドーナに関連して「神の手」に込められた二重三重の意味(念のために書くと、これはサッカー映画ではない)や、エンド・クレジットで流れる「自然音」のことなど、この映画について思いつくことを書き出すとキリがない。なので、またいつか、気が向いた折にでも。目がゴリゴリでしんどいので、書けるか分かりませんが。

 

 

(写真は全て、2013年6月26日にイタリア・シチリア島モツィアMozia、およびトラーパニTrapaniにて撮影)

(2022年4月26日投稿。こんな程度の長さの文章を、書き始めてからアップするまでに5日もかけてはいけません。でもちょっと画面に目を凝らすとたちまちゴリゴリと痛みがしんどくなってしまい、進み具合が亀の歩みの如し、なのです)

「縁の下の力持ち」とジャンル映画について

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 2022年4月3日の日記に続き、第94回米国アカデミー賞の受賞結果について、雑感を記す。

 今回のアカデミー賞での最多受賞作品は、6部門を受賞した『DUNE/デューン 砂の惑星』だった。2022年4月3日の日記にも書いたように私個人としては、『ドライブ・マイ・カー』の国際長編映画賞受賞もさることながら、『DUNE』のこの快挙は素直に嬉しかった。それほどにこの作品が私に与えた印象は強烈で、まさに「映画が映像と音声の表現でできることの到達点」を示しているとさえ思ったからだ。

 

 

 だが現在のところ、この事実はあまり大きな話題になっていないように感じる。その上に、例の「ウィル・スミス平手打ち事件」でさらに霞んでしまった。だから、え、そうだったの?という人もいて当然だろう。

 その理由は、『DUNE/デューン 砂の惑星』が受賞した6部門が(ネット上の報道で散見する呼び方に従えば)いわゆる「技術系」だったことにある、と私は見ている。撮影賞。美術賞編集賞。音響賞。視覚効果賞。そして作曲賞(主題歌ではなくてスコア、いわゆる「劇伴」のほう)。『DUNE』の受賞部門以外では衣裳デザイン賞とメイクアップ&ヘアスタイリング賞もある。アカデミー賞で、これら「技術系」の賞が、軽んじられているのではないか? 下手したら「下の方の賞」とか思っている人、いませんか? 

 断じて違う。

 映画は、「絵」と「音」で出来ている。当たり前のことだが、その「絵」と「音」は、監督と脚本と役者だけが作っているのではない。カメラを回して撮影する人がいないと、映画はそもそも成立しない。そして舞台背景や小道具が、役者たちの着る衣装やヘアメイクが、映画の具体的な「絵」を形作っている。今ではほとんどの商業映画作品が大なり小なり採用している、特殊な視覚効果もまた然りである。

 そして「音」。映画が流している音は役者たちの声だけでない。映画を効果的に演出する様々な音響効果、そして絶対に忘れてはいけない、映画の物語や場面を何倍にも大きくする役割を担う劇伴音楽(念押しで恐縮だが、エンドクレジットで申し訳程度に流れる「主題歌」とやらではないですよ!)。

 もちろん、これらは監督や製作者のディレクションのもとに行われるのだが、それを形にする各分野のプロフェッショナルたちなしには実現し得ない。監督や製作者が思い描く理想や志向を彼らと協働する中でそれぞれに表現し、その活躍の結晶がスクリーンの上に映し出されているのだ。

 そもそも、これらの部門を一括りにして「技術系」と呼ぶこと自体にも疑問を持つべきだ。脚本を書くことだって役者として演技をすることだって、そのクオリティを上げるための「技術」が必要なはず。監督業も然り。オーケストラの指揮者が当然のように各パートの楽器について熟知しなければならないのと同じで、監督を務める人は映画に関わる全ての技術にある程度通じていないと話にならない。映画制作に関わる全ての部門の成果が、等しく各々の「技術」を駆使したことの発揮が、最終的な映画作品に結実するのだ。「技術系」と呼ぶのが便宜的呼称であるのはもちろん承知しているが、そう呼ぶ以上は上記のことの理解が大前提だと思う。

 さらにヒドいことには、今年から、このいわゆる「技術系」部門を中心に8部門を、生放送開始前に受賞結果を発表したと聞く。事実上、授賞式の生中継から「省略」したわけだ。その8部門のうち『DUNE』が受賞した部門数は、なんと5部門。生中継でこの映画の関係者が表彰されたのは、わずか1部門に過ぎないのだ。しかも「省略」された8部門の中には、「絵」と「音」という映画の二大構成要素の片方=「音」の最大の要である「作曲賞」が含まれているのだ! 映画音楽の巨匠たるハンス・ジマーのあの渾身のスコアが、どれだけ『DUNE』の中で大きな役割を果たしているか、観た人には説明の必要もないだろう。

 

Dune

Dune

Amazon

 

 どうやら、アカデミー賞授賞式の視聴率が年々低下していることへの「対策」らしい。だがこれは、単なる授賞式のショー化を加速させたに過ぎない。視聴率の低下は、アカデミー賞そのものの存在意義が揺らいできているため、さらには映画産業そのもの、映画というメディアそのものが問われている構造的な問題のためであって、そんな超小手先の「対策」などなんの意味もなさない。いや、実のところ、華やかなスター達を画面に長く登場させて、視聴者達をそのスター達の「威光」で釘付けにさせるのがテレビ局の本当の狙いだろうから、テレビ局的には視聴率さえ取れればそんなことはどうでもいいのだろう、と意地悪く想像してしまう。やれやれだ。

 だが、これは明らかに受賞部門間のヒエラルキー化・差別化であり、同等であるはずの各賞に序列をつける行為だ。到底容認できない。もちろん心ある多くの映画人たちは、この「対策」に対して、一斉に抗議の意志を表している。

 確かに、私たちは普段映画を観ていて場面ごとの「絵」としての美しさや衣装デザインの見事さ、ある場面に流れる曲の美しさに気を留めて、場合によっては深く心に刻みつけられることはあっても、観ながら「この作品のプロダクション・デザイナーは〇〇なのか。さすがにこの場面のセットは〇〇らしいねえ」とか「衣装デザインは▲▲が手がけているのか。この人らしい細部へのこだわりがよく出ているねえ」などとはなかなか思わない。私だって同様だ(ただ音楽に関しては、私は劇伴の映画音楽がとても好きなので、事前に音楽担当者をチェックして、名前を知っている人なら映画を観ながら「いかにも□□らしい音楽表現だな」と感想を持つことはよくある)。

 普段映画を観ているときは、それでいいと思う。なぜなら本物のプロフェッショナルたちは、誰がやっているかを感じさせないほどにその仕事の成果が映画の中に溶け込んでいるはずだから。それが見事であればあるほど、クオリティが高ければ高いほど。逆に、そこがお粗末だったりすると、かえって悪目立ちして映画全体を損なってしまう。

 だからこそ、年に一度のアカデミー賞という名のお祭りのときぐらいは、そうした「縁の下の力持ち」たちの功労を大いに讃えましょう、というのが、それらいわゆる「技術系」の部門賞創設のそもそもの理由だったのではないだろうか。このときばかりは、普段裏方に徹している彼らも一張羅に身を包んである舞台に臨むのだ。それこそが本当の意味でのアカデミー賞の「意義」でだったのでは、と思うぞ。

 

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 だが結局のところ、『DUNE』は今更アカデミー賞で権威づけてもらうまでもなく(なんと米国社会は「権威」に弱いことか! あ、日本もか)、すでに商業的にも芸術的評価の上でも大成功を収めている。そうなると『DUNE』にとっては、アカデミー賞では「最多受賞部門数」の称号を得ただけで充分、それ以上を求めてはいないのだ。

 そのことは、この映画の大先輩にして、原作レヴェルで言えばそちらの先達ということになる、かの「スター・ウォーズ」の記念すべき第1作、ジョージ・ルーカス監督の『スター・ウォーズ/新たなる希望』(当時はシリーズ化前提ではなかったので、単に『スター・ウォーズ』"Star Wars"だけのタイトルだった。この文中は以後こちらの表記で統一)が44年前に経験したことを思い起こさせる。説明するまでもない、さまざまな側面で映画の歴史を塗り替えた金字塔。この映画無くしてハリウッドを始めとするその後の世界の映画の歴史はあり得なかった、あらゆる意味でエポックメイキングな映画。

 

 

 『DUNE』と同じくバリバリのSF映画、つまりジャンル映画ど真ん中であった『スター・ウォーズ』は1978年の第50回米国アカデミー賞で作品賞・脚本賞・監督賞など10部門にノミネートされ、若い世代を中心にこの作品に熱狂した新しい映画ファンの期待を大いに集めた。だが、奇しくも『DUNE』と同じ6部門の受賞でこの年最多だったが、やはりいわゆる「技術系」部門での受賞だった(その中にはもちろん、今や映画音楽界のマエストロ=ジョン・ウィリアムズが受賞した作曲賞も含まれている)。

 この結果を踏まえて、『スター・ウォーズ』とその遺伝子を継ぐ作品たちは、これ以降アカデミー賞の権威に頼らず独自の道を歩むことになる。その44年後の果ては、我々が見ている通りだ。今更アカデミー賞がどうのこうの言うのも詮無いくらいに。結局のところ、賞というものは一つの指標に過ぎないことを示した、というべきだろう。

 

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 それにしても、これを書きながら『DUNE』がいかに「エンタメ映画の極北」かつ、映像と音楽の美の集積としての映画作品の極致だったかを、ひしひしと思い出している。映画館で観た当時は、とてもブログに書く精神的・身体的余裕がなかったので見事に書きそびれてしまった。だが、あれからずいぶん時間が経った今でさえ、賞がどうのと書き散らすより『DUNE』の魅力そのものを書くほうが遥かに有意義だ、とつくづく思うぞ。

 というわけで近い将来、そのことを書く予定です。目の状態がヒドいのでいつになるやら、だけれども(笑)。

(写真は全て2022年4月7日に、東京・代官山にて撮影)

映画の大衆性と芸術性

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 周知の通り、日本時間で2022年3月28日に開かれた第94回米国アカデミー賞の授賞式において、濱口竜介さんが監督した日本制作映画『ドライブ・マイ・カー』が国際長編映画賞(以前の外国語映画賞)を受賞した。2022年3月17日の日記に書いた通り、この映画を大変面白く観た私としては、なんとも喜ばしい限りである。

 

 これまで世の中では、「ジャンル映画と女性監督の映画はアカデミー賞に縁がない」というようなことが言われていた、とどこかで目にしたことがある。私ならそこに、「文学性・芸術性の高い映画」つまり一般に「アート系」と呼ばれる類の映画も付け加えたい。

 それは、いわゆる「文芸大作」とかベストセラー小説を映画化した作品を指しているのではない。そのあたりの作品はむしろアカデミー賞の賞レースで「厚遇」される傾向にあるように思う。私がいうのは、この『ドライブ・マイ・カー』が内包しているある種の明快さを拒絶する要素や(2022年3月17日の日記参照)、作品内の各要素やモチーフに対して多様な解釈を許容する、「一筋縄でいかない」内容を持つ作品のことだ。もっと簡単にいうと一部の(多くの?)人が「よく分からない」で片付けてしまう類の作品だ。

 もちろん『ドライブ・マイ・カー』がそうした「アート的な」というか文学性の強い部分だけで出来上がっている作品ではないのは、この作品を観た人であれば説明不要だ。そして、この作品がいわゆる「アート系」作品を敬遠するタイプの「一部の(多くの?)人」にもアピールできる明快さを備えた、あるいは備えているように見える作品であるからこそ、米国アカデミー賞の作品賞にノミネートされたのだと思う。なぜなら米国アカデミー賞は世界でも最も「大衆的」な映画賞だから。

 映画とは元々、大衆のための娯楽として大きく発展した「産業」であるのは確かで、特にそれが米国において顕著であった。米国のアカデミー賞は、映画のその娯楽「産業」としての側面を強く反映しているのだ。まあ『ドライブ・マイ・カー』は作品賞は逃したので、そこは正直「やっぱり、そこまでは深く大衆に浸透できなかったか」というのが正直な感想でしたが。

 それでも、今作のような非英語圏制作、かつ非英語を主言語に採用した作品が、作品賞や脚色賞に当たり前のようにノミネートされること自体が、米国アカデミー賞の大きな進歩だな、とは素直に思う。この賞の持つ「大衆性」が、米国の社会動向をヴィヴィッドに取り入れる度量と柔軟性にある程度繋がっているのは確かだ。大衆の志向や社会動向にいち早く応えることは、娯楽「産業」である映画業界が発展するためには必要欠くべからざる姿勢のひとつなのである。だがもちろん、それと同時に、例の「平手打ち事件」に象徴されるように、かの国の社会動向の「限界」をも同じようにヴィヴィッドに映し出しているのだけれども。

 それはともかく、今回のアカデミー賞での最多受賞作品は、6部門を受賞した『DUNE/デューン 砂の惑星』だったことは、何度でも明記しておくべきだろう。私個人としては、実は『ドライブ・マイ・カー』の受賞よりさらにこっちの方が嬉しかった。それほどに『DUNE』は圧倒的な印象を持つ作品だったのだ。

 

 

 だが現在のところ、この事実はあまり大きな話題になっていないように感じる。『DUNE』が先述した「ジャンル映画」ど真ん中の作品であることで、アカデミー賞の「壁」に直面したようにも見えるし。これについてもまた、大いに書きたいことがあるのだが、それは次回の日記にて。

(写真は、2022年3月24日に、東京・日本橋にて撮影)

栄一巡りは続く

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 渋沢栄一の生涯を描くNHK大河ドラマ「青天を衝け」が昨年末に最終回を迎えてから、丸3か月が経った。私たちが最終回の録画を観たのは年が改まってからの1月5日だったが、それから数えても早3か月近い。

 ではあるが、2022年1月5日の日記に書いた通りに、むしろ最終回を観て以降の方が私の「栄一熱」は高まったので、私たち夫婦の「栄一巡り」はそこからスタートしたと言っていい。

 ということで、この3か月で、渋沢栄一に関連した本をずいぶん読み漁った。もともとかなり遅い私の読書スピードが、このところ更にゆっくりになってしまってもどかしいが、それでもずいぶん読んだぞ(笑)。この辺りで軽く総括しておこうと、ここにまとめておくことにする。

 まずは、何をおいてもコレ。『論語と算盤』。

 

 手っ取り早くお手軽に内容を知りたかった私は、この読みやすい現代語訳版にて読了。現代の視点からすると当たり前に思えたことが、当時はまだ全く当たり前でなかったこともあり、栄一の論じている内容が今更に感じてしまうことも正直、なくはなかった。それでも、これほどに苦難にまみれた世情の中で、資本主義のそもそもの原点はなんだったのかを振り返る時、ここで栄一が主張する「心のこもった経済活動こそが肝要」がいかに大切であるかを、改めてしみじみと噛みしめることになるのだ。

 そして、東京から日帰りできる距離であっても、なかなか「旅」をする状況にないので、とりあえず本の上で、写真と文章による案内にて栄一の故郷・埼玉県深谷市の血洗島を訪れる気分に浸ってみた。

 

 カラー写真多数掲載。お世辞でなく、実際に血洗島を訪問したような気分になった。なかなかいい一冊です。

 そして、「青天を衝け」の脚本を基にしたノベライズ小説版、全4巻を読破。

 

 中学生高校生だった頃は洋画のノベライズ本をずいぶん読み漁った私だが、最近のテレビドラマのノベライズ小説本を読むのはこれが初めて。大森美香さんによる脚本を過剰に飾りたてることなく豊田美加さんが小説仕立てにした、という感じか。明らかにテレビドラマを既に観た人向けの内容で、読みながらドラマの記憶を頭の中でリフレインしつつ、最終形で削除された場面を読むことでドラマを補完する、という感じが私が求めていたのとぴったり。全41話分をたっぷり楽しみ、ドラマをもう一度、より深い理解をもって(文字によって)辿り直すことができた。

 そうそう、栄一の事績という趣旨から少々外れるが、合間にこんな本も読了。

 

 現役のギャラリーオーナーと会計士の対談本。アートと会計学という、一見異色の組み合わせに見えて、実は非常に関係が深い二つの分野が交差して、実に興味深い逸話が満載。この中にも渋沢栄一が重要なキーパーソンとして言及されている。というか、むしろ本の中に栄一の名前を見つけたので、この本を読んでみようという気になったのだよね。

 ところで、私が渋沢栄一と「青天を衝け」について書いた過去のブログを見て、私の旧友がご自身のパートナーである産業カウンセラー・安藤雅旺さんの著書『論語営業のすすめ』をご恵送くださった。どうもありがとうございます。

 

 安藤さんはご自身の仕事上の指針として、渋沢栄一の言動と彼が経済活動倫理の拠り所とした「論語」をたいへん重視しておられ、営業活動を通して自己の人間性を高めることを旨となさっている。まさに『論語と算盤』を地で行くが如し。このご著書を一読すると、やはりその知行合一精神に満ちた真摯な「シゴト哲学」が随所によく窺われて清々しい。

 さて、一連の「栄一巡り」の締めくくりとして今私が読んでいるのが、須田努著『幕末社会』(岩波新書)。

 

 栄一が青春時代を過ごし、農家の出身で商才を発揮し尊王攘夷活動から幕臣へと激動の転身を経験した、幕末の時代。ドラマを観て、この時代の日本の社会や庶民の暮らしぶりがどのようなものであったのか知りたい、と思っていた。そこにこの本が新刊として出たので、渡りに船。さっそく手に入れて読んでいるところだ。幕府による支配体制が揺らぐこの世情不安な時代に、当時の庶民、在地社会にはたくさんの「栄一たち」がそれぞれに悪戦苦闘しながら「自分探し」をしていた様子が、実によく理解できる。いい本に巡り合ったものだ。読了した暁には、またこの本について書きたい。

 栄一ゆかりの地巡りのほうは、1月に栄一が晩年まで居住した邸宅があった東京・北区の飛鳥山を訪れたが(2022年1月16日の日記参照)、つい先日の3月24日に日本橋兜町を訪れて、栄一が設立した日本最初の銀行・第一国立銀行の跡地を見てきた。

 

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 ここには現在みずほ銀行兜町支店があるが、その建物の壁面に「銀行発祥の地」を記念するプレートが貼られている(上の写真)。

 さらに、現在までの建物の変遷を示すパネルも掲示してあった(下の写真)。

 

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 この近くには、栄一が一時居住していた邸宅の跡地も。邸宅自体は関東大震災による火災で焼失してしまい現存しないが、跡地には現在「日証館」と呼ばれる昭和3年(1928年)建造のクラシカルなビルが建っている(冒頭の写真)。

 ビルの1階には、昨年11月にオープンしたばかりのチョコレートとアイスクリームのお店「teal」があり、シックな内装の店内で宝石のようなスイーツにめぐり合うことができる。

 

tealtokyo.stores.jp

 

 日証館もなかなかレトロで風情のあるビルなので目を楽しませてくれるのだが、やはりヴェネチアゴシック様式で建てられたという栄一の邸宅を、実際に見てみたかったなあ。つくづく震災で焼失してしまったのを残念に思う。

 

 

 この写真は、上掲したみずほ銀行兜町支店に貼られたパネルの一部に近づいて撮ったものだが、この地に建っていた栄一の邸宅の、在りし日の姿とのこと。

 比較のために、ヴェネツィアン・ゴシックの代表的建築カ・ドーロ"Ca' d'Oro"の写真(2019年6月22日撮影)を挙げてみる。私が実際にヴェネツィアを旅行した時に、大運河の中を運行するヴァポレットの上から撮影したものだ。

 

 

 本場のこれと比べても、栄一の邸宅は様式的になかなか遜色のない仕上がりに見えるのだが、いかがであろうか。明治期のあの時代に、このようにエレガントな建築様式を自邸に選ぶあたり、もしかしたら栄一の審美眼はなかなかのものだったのかもしれない。

 あと残すは、栄一の故郷・血洗島の訪問か? もう少し世情が落ち着いたら、ぜひ実現してみたいものだ。

 私たちの栄一巡りは、まだまだ続く。

物語ることの豊かさ

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 濱口竜介監督、西島秀俊主演の話題の映画『ドライブ・マイ・カー』を、我が家から比較的近い、街の映画館「下高井戸シネマ」にて観た。

 

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 下高井戸シネマの上演作品のラインナップは週替わりが基本で、話題の作品でもせいぜい2週間程度しか続けない。だが、この作品は週ごとに上映時間を変えながら、なんと4週連続で上映という破格の長期間だ。しかも下高井戸シネマでは過去に一度上映済みの作品なので、いわゆる「凱旋」上映である。米国アカデミー賞の作品賞にノミネートされたという、日本制作映画で初めての「快挙」のおかげだろうか。話題の作品のために、町の小さな映画館が賑わうのは大いに結構なことだ。私たちが観たこの日も、平日の昼間であるにも関わらず非常に多くの人が集まっていた。

 

 

 私自身は正直いって日本映画への熱量が低めな上に、周知の通り大のクルマ嫌いなので、あまりこの作品には気に留めていなかった。それでも、身近な人の喪失という、全ての人に切実なテーマには惹きつけられていたし、やっぱりアカデミー賞作品賞ノミネートというのは大いに気になる。何より下高井戸シネマの招待券が手元にあった(笑)。最近は目の力が衰えてしまって、映画を一本観ると肩ゴリと頭痛と目の痛みで翌日以降寝込んでしまうことが多く、不本意ながら映画を観る行為自体を敬遠しがち。この作品も3時間近い長尺作品なのでかなり躊躇したが(本来は長ければ長いほど喜ぶ人なので、この体たらくは情けない限りなのだが)、それを押してもこれは観て損はない作品だろうと判断して、勇を鼓して(笑)映画館に足を運んだのだった。もちろん、この日は極力目を使わないようにして(あと観た後にお酒を飲まないようにして)、出来るだけ目をいたわるように配慮して観賞に臨んだ。濱口竜介さんの作品を観るのはこれが初めて。

 結果、観てよかった。いや、目のことではなくて『ドライブ・マイ・カー』のことですが。映画の物語性をじっくりと堪能できる作品だった。作品世界に平易に没入できるナラティブ作品として、3時間弱の上映時間を充実した気分で過ごすことができた。話の行き着く結果とか目的とかではなく、物語の道筋そのものの豊かさ、語ることそのものの重要性。正解も模範回答もない。受け止め方は様々。物語を語ることで広がるイメージやメタファーの波を、観る人が個々に受け取って、各々自由に解釈すれば良い。なぜ広島か、なぜヤツメウナギか、なぜ清掃工場か、ではなく(モチーフとして選ばれた理由はあるにせよ)、それらの一つ一つに喚起されるイメージや思考の広がりを観る人それぞれが個々に味わって、物語そのものを楽しむ、愉しむ。そしてそれを他者と語り合い、それぞれの解釈やイメージや思考の広がりを披露し合い、その共通点や相違点を認め合い共有することで、自分の内なる世界が外に広がってゆく。

 これは、要するに文学や文芸というものが本来持っている、基本的な作用だ。この作品は村上春樹氏の短編小説が原作だとか。私自身は原作小説は未読なので、どの程度この映画が原作に依拠しているのかわからないのだが、村上春樹氏の小説は(私自身が読んだことのある作品の範囲においては)個々のモチーフが持つイメージやメタファーの力を大いに活用しているという認識が強かったので、やはり原作の力が大きいのだろうか。

 

 

 この作品の文学的側面は、チェーホフの戯曲『ワーニャ伯父さん』が全編の中で最も重要なモチーフとして扱われていることにも、よく表れていると思う。西島秀俊さん演じる主人公・家福が舞台俳優であり、物語の主要な部分を占める舞台演劇ワークショップ活動の演目かつ題材がこの戯曲である、というだけではない。『ワーニャ伯父さん』の物語や人物、台詞がこの映画の物語構造や人物造形とダイレクトに繋がっているのだ。それゆえ、こればかりは他の戯曲には代え難い。それどころか、この作品自体がある意味『ワーニャ伯父さん』をこの映画の文脈で語り直しているとも言える。不勉強な私は『ワーニャ伯父さん』も未読だが、村上春樹氏の原作よりもむしろ『ワーニャ伯父さん』を読みたいと思ったぞ。そのほうが映画の理解を深めるのに役立ちそうな気がする。

 そのように何重にもモチーフやメタファーが積み重なった作品なので、いろいろ深読みすると実に楽しい。作品の話題が高まるにつれて、各方面からそうした様々な読み方が披露されるだろう。実に良いことだ。それを多くの人が共有すればさらに良い。喪失と再生はもちろん、演劇と演じることの仮面性に多重人格。広島という地の喚起するイメージ。韓国を中心にアジア各地の俳優が登場して自国語を語ること。それによって必然的にこの映画が多言語作品であること(その中には韓国手話も含まれる)。人と人が「分かり合う」ことの難しさ。テキストとことば。性行為と「産み出す」行為の繋がり、などなど。挙げだすとキリがなくて、ひとつひとつを考察しだすといくら書いても終わらない(笑)。それほど豊かなイメージとメタファーを孕んだ、私に言わせると実に「文学的」な、これ一本で長いこと愉しむことができる、とてもよく出来たナラティブ作品である。

 キリがないので、ひとつだけ書いておこうと思う。

 

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 映画の中で最も重要なモチーフのひとつは、いうまでもなく西島秀俊さん演じる主人公・家福の真っ赤な愛車である。クルマ嫌いの私はどんな車種だか全く分からずに観ていたが、かなり古いクラシックカーらしいということはなんとなく分かった。カーステレオがカセットテープだったりするし(これは関係ないのか?)。あとで調べると、スウェーデンのサーブ900というかなり希少なクラシックカーらしい。そんなレトロな自動車をメンテナンスしながら長いこと乗り続けるのは、相当にそのクルマへの「愛」がないとなかなか出来ないのでは。映画中盤以降で専属運転手としてこの車のハンドルを握る三浦透子さん演じるミサキが、これまでとても大切に乗ってきたのがよくわかると評していることからも、その「愛情」ぶりはなんとなく窺える。

 妻・音(演:霧島れいかさん)を喪ってから2年間の間、家福はこの車を運転するたびに、カーステレオで亡き妻が彼の「ホン読み」用に吹き込んだテープを流す。彼女が戯曲(もちろん『ワーニャ伯父さん』)のセリフを淡々と読み上げる声を聞きながら運転するのだ。もしかしたら音の読む台詞に応えて、彼はワーニャの台詞を話しさえするかもしれない。この車を運転するとき、車という移動する密室空間の中では音は生きていてその声を聞かせてくれる。車の中は、彼と妻との二人だけの、余人が立ち入るのを許さない、濃密な空間なのだ。だから、家福が参加する演劇祭の規則で運転手をつける必要があると聞いたとき、彼は愛車を自分で運転することにこだわる。二人だけの神聖な、時が止まった空間に、他者を入れることで汚したくないのだ。

 ある意味、彼は最も大切な身近な人の死を受けて入れていない。だって車に乗ってハンドルを握ってテープを再生すれば、妻の音は生きてその声を聞かせてくれて、二人だけの対話をすることができるから。二人だけの世界があるから。家福にとって、ここでは音は生前と変わらず「生きて」いるのだ。そうすることで、彼は耐えきれない喪失の哀しみをやり過ごしてきたのだ。それは自分だけの世界に逃げ込むことなのかもしれない。それでも、あまりに巨大な哀しみを前にして、自分を保っていられるのはこの方法だけだったのかもしれない。

 さらに、その二人だけの空間の中でも、家福と音は『ワーニャ伯父さん』の戯曲を演じ続けている。素顔のままお互いの前に立てないのだ。「役者」という仮面を被りつつ二人だけの世界を作り上げている。この「二人だけの世界」が、いつかは脱すべき「かりそめの世界」であることを示唆しているのかもしれない。

 しかし最初は規則のために渋々であるが、家福はミサキに愛車のハンドルを握ることを許可する。初めはその運転技術の高さゆえだったのだろうが、車という移動する密室の中で、今度は彼はミサキとともに音の声を聞くことになる。三人の世界が徐々に作り上げられてゆくのだ。そしていくつかのエピソードを経て、家福はミサキと心を通じ合わせてゆく。彼女の運転が滑らかすぎて、車に乗っていることを忘れてしまうことすらあると家福はいう。それは「二人だけの空間」を忘れること=妻の喪失を受け入れられない自分が、少しずつそれを受容できるように変わってきていることのメタファーとも取れる。いつしか家福は車の後部座席から助手席へ、ミサキの隣へと座る位置を変える。そして、同じような喪失の傷を持つミサキの「哀しみ」に寄り添うことで、彼は自身の「喪失」の哀しみに向き合うのだ。向き合うことができるようになったのだ。

 

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 「喪失と再生の物語」などととことばでいうのはたやすい。ことばにした途端に陳腐化してしまう気さえしてしまう。だが、分かった気になってはいけない。小池真理子氏がその慟哭のエッセイ『月夜の森の梟』の中で綴っているように、喪失の哀しみは人それぞれで、その様相は実に様々だ。その哀しみにいかに向き合うか、あるいは向き合わないか、はさらに多岐にわたり、そこに絶対の正解は存在しない。そしてそこからの「再生」の道すじもまた然り。とてもひとつのことばでまとめてしまって良いものではない。

 

(この本のことをすごく書こう書こうとあがいておりますが、まだ自分の中で言葉になりません)

 

 こうして一人一人の物語と向き合って、それぞれの喪失と哀しみの姿にひとつひとつ立ち会ってゆくこと。自らの経験と照らし合わせて、その他者の喪失を自分の中に取り込んでゆくこと。そうして「人」としての「勁さ」を高めてゆくこと。それこそが小説や映画が語る物語が持つ、あるいは「文学」というものの持つ大きな作用のひとつのような気がしてならない。

 決して「余剰」でも「不要不急」のものでもなく、人が人として生きるために必要なもの。時に物語とも文学とも呼ばれる、そんなものたち。それが確かに存在することを、『ドライブ・マイ・カー』は私たちに教えてくれる。そんな気がするのだが、言い過ぎだろうか。

(写真は全て2022年3月14日に撮影。これは3点ともApple iPhone SE(2nd Gen.)で撮りました)

(2022年3月27日投稿。映画を観てから10日経ってしまいましたが、自分の中で言葉にするのに時間がかかったことと、激しく疲弊した目の痛みとキツい頭痛肩ゴリのせいで数日ほど端末画面に向かうことができなかったからです)