人々へのまなざし

studio_unicorn20090702

未見坂
 堀江敏幸さんの「未見坂」を、本日読了。
 名作「雪沼とその周辺」(私のレビューあり)に続く連作短編集で、中には地名などの手がかりが一切ない作もあるが、恐らく前作同様に地方都市「雪沼」とその周辺を舞台にしているのだろう。ひとつひとつの短編は独立しているのだが、ときどきこの本や前作の他の短編に出てくる人や地名が、さりげなく言及されていることもあって、思わずニヤリとさせられる。全ての作品に共通する雰囲気も相俟って、各短編がゆるく繋がっている感じが心地よい。
 人生を積み重ねてきた人々の、積み重ねのうちに過ぎ去ってしまったものへの諦念や哀悼。時の流れへの言葉に尽くせぬ、やるせない想い。それらがじんわりと染みてくる淡々とした筆致や、なんとも言えない読後感は、今作でも健在。登場する人々への作者の暖かいまなざしは、大人の登場人物を「さん」づけで書いていることからもよく窺える。
 憶えていたいような台詞や描写などが頻繁に出てくるが、中でも特に印象に残ったのが、次の一文。

あたしは死んでも棺桶には入らないというのが口癖だった。
(本文153ページより)

 狭いところが苦手な老女の台詞なのだが、よく考えるととても面白い口癖だ。死んだら大人しく棺桶に入ってほしいものだが(笑)。でも気持ちは分かるな。私も閉所恐怖症なので。
(写真は銀座にて。6月7日撮影)