最果ての島の物語

 

 2か月以上前のことだが、我が家からほど近いお馴染みの下高井戸シネマにて、映画『イニシェリン島の精霊』"The Banshees of Inisherin"を観た。脚本・監督はマーティン・マクドナー氏Martin McDonagh。

 

 

 アイルランドの、とりわけアラン諸島を連想させる風景と、アイリッシュ・トラッド音楽がふんだんに出てくる映画なのでものすごく興味をそそられていたが、肝心の物語の内容がもしかしたら自分の好きではないタイプの話かも……というイヤな予感があって二の足を踏んでいたが、機会があったので観てみた。

 が……。

 予感が的中、というべきか。観ている最中はとてもイヤ〜な気持ちにさせられる映画であった(それが製作者の狙いか)。どうやってもカタストロフィに向かっていくようにしか見えない物語の行方は精神的に甚だ宜しくないし(一緒に観た妻は「ホラーものみたいな感じだった」と言っていた)、人間のイヤな面をこれでもかと見せられて正直気持ちのいい作品ではなかったな〜。コリン・ファレル氏Colin Farrellとブレンダン・グリーソン氏Brendan Gleesonという二枚看板を始めとする、アイルランド出身のトップレヴェルの出演者たちの演技力がとんでもなく高いだけに、それが余計に増幅されて(汗)。二度は見たくないおぞましい場面に、哀れを誘われて胸が締め付けられる場面も。ラストがまだ救いがあったので私の最大重視ポイント=後味がまあまあ悪くなかったが、もう一度観たいかどうかは正直、微妙だ。

 物語を彩る映像は素晴らしく、それだけでも観る価値があるのは確かだ。全編にわたって、アイルランドの最果ての孤島に広がる素晴らしい風景が満ち満ちている。水平線に沈む夕陽。荒涼たる浜辺にポツンと佇む一軒家。心動かされる風景の数々。そして、パブでのセッションをはじめ随所に挟まれるアイリッシュ・トラッド音楽。それらは本当に素晴らしい。

 そして、ファレル氏演じる主人公パードリックがかわいがるペットのミニロバ・ジェニーがとてもかわいい。登場するたびに、その愛らしい動きに思わず目尻が下がる(それだからもう、もうアレはヒドすぎる……涙)。アイルランドでは、ロバはその昔から庶民の間でとてもポピュラーな家畜だったそうで、今でも家畜や愛玩動物として人々に親しまれているという。現に私たちがアイルランドを旅した時にも、地方の田園地帯では小さなロバ=ミニロバが牛や羊などとともに放し飼いされているのをよく見かけた(最後の写真)。

 物語の舞台になるイニシュリン島は架空の島だが、その名前から容易に連想されるイニシュモア島Inishmoreに代表される、アイルランド西部沖合のアラン諸島が念頭に置かれているようだ。実際に映画の主たるロケ地のひとつがイニシュモア島であり、この島の代表的な古代遺跡「ドゥン・エンガス」Dun Aengus(Dún Aonghasa、下の写真)も映画のある場面で背景として登場している。

 

 

 私たち夫婦が一度だけアイルランドを旅行したのは2014年のこと(もう9年前か〜。つい数年前だと思い込んでいたのに)。その時は首都ダブリンに数日滞在してから西部に行き、アイリッシュ・トラッド音楽を夜な夜な演奏するパブが点在することで有名な村ドゥーランDoolinに3泊した。この村から景勝地モハーの断崖The Cliffs of Moherへトレッキングに参加したり、港からフェリーに乗って当のイニシュモア島へも日帰りで訪れた。まさに、この映画の風景の只中を訪れたわけだ。これを観たことで、映画そのものは二度は観ないかもしれないが、もう一度実際のアイルランドへ、特にこの映画の舞台になった西部地方やアラン諸島へ旅行したくなったのはいうまでもない。旅への憧憬。

 そして、帰宅してから数日間、家にあるアイリッシュ・トラッド音楽や、エンヤなどアイルランド人アーティストのCDを片っ端から聴き返したのも当然の行為だ。もちろん黒ビールを飲みたくなったし。

 そして更に、二度と観ないかもといっておきながら、この映画について深掘りしたくなってパンフレットまで購入してしまった。しかも観た翌日に、わざわざもう一度映画館に行って。それほどまでに、気になるところの多い作品でもあり、いろいろと論じたくなる作品であるのは間違いない。

 というわけでもう少し書きたいのだが、どうしても結末などのネタバレを含んでしまうので、続きは稿を改めてということで。次回の日記にて書くことにいたします。

 

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(写真は全て、2014年7月にアイルランド西部およびイニシュモア島にて撮影。ミニロバかわいいな〜)