「杉本博司〜時間の終わり」展

studio_unicorn20050916

 明日から六本木ヒルズ森美術館で始まる「杉本博司〜時間の終わり」展の内覧会に行ってきた。
 素晴らしい。ものすごくいい。感動のあまり涙が出そうにさえなった。すごく期待していたので、「大したことなかったらどうしよう」と少々不安だったのだが、まったくの杞憂。期待していたより100倍も上回っていた。
 杉本博司氏の写真を使ったコンセプチュアル・アートの姿勢には、(レベルは月とスッポンだけれども)一応写真画像を加工して作品を作っている私としては、前々からとても共感することが多かった。氏のプロフィールや作品については下のリンクに譲るが(というより、ぜひぜひ展覧会へ!)、とにかくこれだけの氏の主要な作品の実物を一度に観られるだけでも(もちろん私も初めて)貴重なのだが、この展覧会はさらに、杉本氏自身が手がけたという会場構成・デザインがとてもミニマルかつ驚きに満ちて素晴らしく、杉本作品を魅せるための最高の演出がなされているのも、この展覧会を素晴らしいものに高めている。
Sugimoto: Conceptual Forms
 まず、会場に入るとデュシャンの「彼女の独身者達によって裸にされた花嫁、さえも」を模した小さなガラスのオブジェ作品が見えるほかは、真っ白い大きな室内に2列の幅広い板のような柱が並ぶばかり。白一色。真っ白い教会のよう。ところが、中に進んでそれぞれの柱の裏側に目を向けると、そこには"Coceptual Forms"シリーズの作品が! とてつもない大きさのモノクロ写真として屹立しているのだ! まずこれに圧倒された。
Hiroshi Sugimoto
 それに続く"Dioramas"シリーズの部屋を経たあと、私が大好きな"Seascapes"のシリーズが展示されている部屋に入ったが、こちらの部屋はうって変わって黒一色。その中に展示されたさまざまな水平線の作品がぼうっと浮かび上がっている。ここでもう感激。すごい〜。さらに杉本氏による能舞台がしつらえられており、池田亮司氏によるサウンドインスタレーションが流れ、本当に本当に不思議で素晴らしい空間が作り上げられていた。能舞台の背後の壁に一列に展示された海景、明るさなどで仲間分けされてそれぞれの壁面を飾る海景たち。近づいてよく観ると、グレイの微妙なグラデーションがよくわかる。すごい。すごいすごい。いつまでもいられる、いつまでもいたい気持ちにさせる空間があるとすれば、私にとってこの部屋はまさにそれだ。実際、非常に長い間この部屋にとどまっていた。
苔のむすまで Sugimoto: Architecture
 そのあとの"Sea of Buddha"も横にずらずらーっと展示されていて圧倒されたし、"Theaters"の部屋では、片側の壁にドライブインシアター作品、反対側の壁に劇場作品が展示されているのも心憎い演出だ。装丁に蛍光塗料加工をした"Theaters"の本も展示されていた。とても高価だろうし、今からでは手に入らないだろうが、すごく欲しい(笑)。
 そして、ホルバインの絵画を再び二次元に呼び戻したヘンリー8世と6人の妻たちの"Portraits"の部屋でニヤリとし、"Architecture"の部屋で再び圧倒された。最後の部屋の"Color of Shadow"は、数少ないカラー作品(だが、写っているのはほとんど白い壁だったりする)で、これまた微妙な陰影が素晴らしい。
 もっといろいろ書きたいことがあるのだが、書き出すといくら書いても切りがないくらい。素晴らしい展覧会だった。私にとっては、ここ数年観た展覧会の中で、間違いなく最高のものだった。
 興奮冷めやらぬままレセプション会場へ。分厚く素晴らしい装丁のカタログ(ここに画像でリンクしたのは英語版の市販品。言語が違う以外はカタログと内容は同一)と、杉本氏が特集されている"BRUTUS"をもらう。カタログはとても嬉しかったが、このBRUTUSは買っちゃったんだよね〜。ここでもらえると知っていたら買わなかったのに。ちょっと残念。会場内では、この展覧会だけの限定ボトルの「奥の松」という日本酒が用意されていたので、飲んでみる。さっぱりしていてけっこう美味しい。せっかくの機会なので一本買ってゆくことにした。杉本氏ももちろんいらっしゃった。思っていたより若々しく、「ナイスミドル」という言葉がふさわしい様子の人だった。展覧会に感動したので声をかけたかったが、始終誰かに囲まれている状況(そりゃそうだ、主役なのだから)なのであきらめた。
 それにしても、私が知っている森美術館のこれまでの主要な展覧会は、複数の作家の作品を集めた企画展だったように記憶している。この広大な会場がたった一人の(しかも過去の大作家とかではなくて、現代の存命中の)アーティストのために使われる今回の展覧会、考えてみればものすごいことである。あらためて杉本博司という人が、いかに大きく評価されているかを感じたのだった。