昨日までの数日とはうって変わって(比較的)涼しい、(比較的)過ごしやすい日。妻と一緒に渋谷へ行き、Bunkamuraザ・ミュージアムで開催中の展覧会「ルドンの黒」を観る。どうしても観たかった展覧会なのに、会期がけっこう短くてちょっと焦っていたのだが、なんとか観に行けてよかった。
それほどまでに、私はオディロン・ルドンOdilon Redonの作品が大好きなのだ。物心がついてから初めて特定の作家の作品を好きになったのは、ルドンの作品だったりするほどだ。小さい頃、たまたま山梨県立美術館で開催していたルドン展を観て、すっかりその妖しの世界の虜になったのがきっかけだった。それも、色彩画ももちろんさることながら、私がまずとても好きになったのは、モノクロームの石版画(リトグラフ)だったのだ。
それゆえ、今回の展覧会は、タイトルどおりモノクロの版画作品が中心ということで、もんのすご〜く期待していたのだ。これまでに何度か開かれたルドンの企画展では、一般受けを考慮してか色彩画が展示の中心で版画作品は"添え物"扱いだったことばかりなので、この企画の切り口がまず素晴らしい。さらに、ルドンのコレクションでは世界有数らしい岐阜県立美術館から200点近く出展されていること。ふだん岐阜県立美術館に行ったって、こんなにたくさん一度には観られないだろう。ということで、これはルドンの版画好きにとって、めったにないチャンスなのである。しかも先だっての「スーパーエッシャー」展で成功させた手法をここでも上手く使っており、この展覧会でも版画に登場するコミカルな蜘蛛をマスコットキャラクターに仕立て、作品のモチーフをCG動画にしたオリジナル映像を制作・上映したりしていた。これが展覧会のイメージ作りに大きく貢献していたと思う。
そんなわけで、さらりと観た昨日とは打って変わって、今日はかなりじ〜っくりと観た。初期の作品集「夢の中で」「エドガー・ポーに」「起源」などから、中期の「聖アントワーヌの誘惑」、最後の作品集「ヨハネ黙示録」まで、こんなにたくさんルドンの作品を、しかも版画ばかり観るのはもちろん初めてのことだ。ルドンのリトグラフの黒色は、本当に美しい。黒が作り出す光と闇の中を、目玉や奇怪な生物や悪魔たちが蠢いている。またこれらの奇想が、ボードレールやフロベール、ユイスマンスなどの世紀末象徴派詩人たちは言うに及ばず、当時目覚ましく進歩していた生物学や天文学などの最新の科学的成果にもインスピレーションを得ていたというのは、なるほど初めて知った事実だった。私自身の好みは初期の作品集かな。
かなりじっくりと観たせいで、とても疲れてしまったが、本当にいい展覧会、いい体験であった。
(写真は異形の友人……ではなくて近所で出会ったネコちゃん)