静かなる詩情

studio_unicorn20081102

 昨日に続き、今日も快晴。昼過ぎに妻と自転車で私の実家へ行き、私の両親と合流して4人で上野へ。国立西洋美術館で開催中の「ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情」展"Vilhelm Hammershoi: The Poetry of Silence"を観る。
 なにしろ今年の初め頃に展覧会の情報を知ってからずっと騒ぎ続け(最初の記事は2月19日の日記でした)、ものすごく楽しみにしていたヴィルヘルム・ハンマースホイVilhelm Hammershøiの回顧展である。会場内をじっくりと観て回ること2時間余、たっぷりと堪能いたしました。
 会場は混みすぎず少なすぎず、ちょうどよい人の入り具合。作品を垣間見ることさえできないほど混んでいても辟易だが、人気がなくて人が全然いないのも寂しいものだ。が、さすがに天気の良い三連休というのもあるのだろうが、実に多くの人がこの展覧会に訪れているようで、個人的に応援していた私としてはホッとひと安心した思いだ。思った以上に多くの人がハンマースホイ作品に注目していたんだと知って、なんだか嬉しい気分だ。多くの人の気配を感じながら、かつゆったりと作品を鑑賞できる。素晴らしい。
Vilhelm Hammershoi
 2か月弱前にロンドンのロイヤル・アカデミー(王立芸術院)Royal Academy of Arts, Londonで観た(9月7日の日記参照)同じ作品に、地球の裏側で再びまみえるという、不思議な感覚。時と場所を違えて、ふたたびの出会いだ。今回、上野で展示されている作品のほとんどがロンドンからの巡回展示だが、作品数はこちらのほうが多い。上野だけで展示されている作品もあるのだ。その一方で、ロンドン会場だけで展示されていた作品もあるので、両方の展覧会を観ることができて本当によかった。
 ただ、展示の仕方は上野のほうがよく考えられており、非常に考え抜かれてよく練られた展示構成だった。ロンドンでの展示構成がほぼ制作年代順だったのに対し、上野のほうは、まず初期作品を「ある芸術家の誕生」としてまとめて見せた後は、「建築と風景」「肖像」そして展覧会の中心とも言うべき「人のいる室内」と、ほぼテーマ別に続く。そして同時代に活躍した、ハンマースホイと同郷のデンマーク人画家ピーダ・イルステズとカール・ホルスーウの作品が展示された部屋(彼らの展示は上野だけ。さすがにハンマースホイを観たあとでは、その落差は否めないなあ。改めてハンマースホイが抜きん出て素晴らしいことを再確認)を過ぎると、展覧会の締めくくりに「誰もいない室内」という、実に心憎い展示構成。
 しかも、同じ建物を描いた風景画を並べたり、多数を占めるハンマースホイの住居ストランゲーゼ30番地で描かれた室内画も、同じ部屋の同じ角度から描いた作品を徹底的に並べ、さらにそれらを近いモチーフの作品を隣同士にして繋げる(?)ことによって、会場の端から端まで有機的に連続した作品群を眺めることができる。おかげで、鑑賞者がするりと自然な流れで作品を順々に観られるようになっているのだ。この作品配置は本当にすごい。学芸員が相当に試行錯誤して、細部まで神経を行き届かせた配慮の上に決めた配置なのだろう。この展示方法だけでも、今年で最も注目すべき展覧会だと断言してもいいくらいだ。
 敢えて言うならば、企画者たちが、ハンマースホイという孤高の画家に、新たな視点というか息吹きを吹き込んだと言ってもいいような気がする。それが顕著に現れるのが、最後の「誰もいない室内」のセクション。決して年代的には最後に描かれた作品群ではないのだが、こうして最後に配置されると、まるでハンマースホイがついに室内から人を排除してしまったかのような、行き着くところまで来てしまったかのような、作家のある種の到達点でもあるかのような印象を持ってしまう。明らかにそうは明言していないが、企画者が多少そのような含みを持ってこのような構成にしたのは否めないだろう。
Vilhelm Hammershoi 1864-1916: Danish Painter of Solitude and Light (Guggenheim Museum Publications)Vilhelm Hammershoi: and Danish Art at the Turn of the Century
 いや、それにしても、じっくりと2時間半、たっぷりとハンマースホイの作品を堪能しました。室内画も、風景画も本当に素晴らしい。この圧倒的な存在感、いや「不在感」というべきか。静かな佇まいなのに、作者の?それとも鑑賞者の?心情を映し出す、ほの暗い画面。光と影。静謐とメランコリー。いくら言葉を紡いでも語り尽くせない。ただその室内に魅入るしかない。いつまでも観ていたい。
 この19世紀末〜20世紀初頭という時代に、こういう表現をしていた画家がいたこと自体、ある意味非常に驚異だと思う。そして、それがまた「今」という、この混沌とした現代に注目され再評価されつつあるのが、すごくうなづける。ようやく時代がハンマースホイに追いついた、とも言えるかもしれない。現代の我々は、彼の作品を観ることができて、なんと幸せなことか。
 観終わって大満足。私の両親もすごく気に入っていたので、連れてきた甲斐あり。もう一度くらい観たいなあ。帰る前にはショップで目移りしまくり。図録はもちろん、ポストカードにクリアファイル、額絵、Tシャツなどなど、久々にオトナ買いしました(笑)。充実〜。