別の人生

studio_unicorn20090709

メガロマニア―あるいは「覆された宝石」への旅
 恩田陸さんの旅行記「メガロマニア―あるいは「覆された宝石」への旅」を、本日読了。自分の旅の直前に旅行記や旅ものの本を読むと、旅への想いや気分が盛り上がってきて、いい感じだ。
 恩田さんの小説は大好きで何冊も読んできたが、非小説系の本を読むのは初めて。NHKの企画のための取材でマヤ・アステカ・インカ文明の古代遺跡を巡って、中南米を旅した旅行記だが、恩田さん自身が撮影した写真もふんだんに収録されており、なんとも楽しい一冊だった。
 メキシコのユカタン半島に始まって、グアテマラ・ペルーと巡り、かの「空中都市」マチュピチュも訪れるという、非常に長距離移動の大旅行。巡るだけでもかなりスリリング。私自身は、中南米は正直言って予備知識もあまりなく、それほど興味もなかったのだが、やっぱり古代文明の遺跡は好きだなあ。読んで、ちょっと興味が湧いた。
 だが、もちろん、この本の最大の読みどころは恩田さんの文章だ。その人柄を映し出しつつ、のほほんとしつつ時に鋭い視点が煌く。彼我の文化の差異を前にして、様々な「想い」や「思考」が綴られてゆく。
 恩田さんの、あの不思議な物語が、どのように発想されて作られてゆくのか、以前から気になっていたのだけれど、そんな「創作のヒミツ」のようなものも窺えて興味深い。実際、この本の中にもそんな物語の「断片」や「萌芽」がいくつも見て取れるし、もっと明らかな形では、"未だ語られぬ物語"の「プロローグ」が4編収録されている。さすが恩田さん、このプロローグを読んだだけでもワクワクしてくる。これらのプロローグを冒頭においた物語が、いつか世に出ることがあったら、ぜひとも読んでみたいものだ。
 例によってとてもハッとする文章や表現が満載なのだが、その中でも「いっとき別の人生を生きる旅の時間」(本文108ページ)という表現には、なるほど〜と強く印象に残った。確かに「旅」は、日々繰り返される「日常」を逃れ出て「非日常」へ飛び込んでゆく行為に他ならないが、それは言葉を変えると「別の人生を生きる」ということになるのだろう。「日常」で使用していた自分の職業や属性や地位は、旅の途上においては(完全に、ではないけれど)良きにつけ悪しきにつけある程度不問に付されることになることが多い。それはまさしく日常の"人生"とは違う、「別の人生」と呼べるものへの入り口なのだろう。今までとまったく違ったことをやろうとする人が、生まれ故郷や住み慣れた土地を飛び出してゆくことが多いのも、そうやって今までの"人生"をリセットして「別の人生」を求めるから、なのかもしれない。
 我々はどこかで「旅」を求めているのだ、きっと。
 そうして本のページの中で恩田さんの旅が終わり、入れ替わりに、明後日から私たちの旅が、始まる。
(写真は中南米ではなくて、英国コッツウォルズにて。2008年9月10日撮影)