【読了記録】「フィクション」と「現実」の境界

 話題になっていたルシア・ベルリンの短編集『掃除婦のための手引き書』"A Manual for Cleaning Women" by Lucia Berlin(岸本佐知子訳、講談社)を読了。

  著者の壮絶な人生の軌跡から生まれた短編小説群は、しかし指摘されているようにフィクションが混入され言葉の技法を凝らされ、実にウエルメイドな文芸作品に昇華されている。そこには、甘っちょろい善悪の決めつけや社会問題に回収されない、ルシア・ベルリンというひとりの人間の生き様が映し出される。ひとりの人間像が立ち上がってくる。まさに「小説の力」だなあ。

 内容の傾向は全く異なるけれども、ルシア・ベルリンの小説を読んでいると須賀敦子の作品を想起すること暫し。言葉選びの妙においては、武田百合子のエッセイにも連想がいく。同じ感情の表現であっても、人によってその表現のために選ぶ言葉は違うはず。その人独自の言葉選び・文章表現・イメージの広がりを駆使して文字を綴ることで、その人にしかできない感情表現が表される。だがその「独自」の表現を読むことによって、表現の根っこに横たわる感情や想いを、読み手が書き手と時空を超えて共有することができる。これこそ「小説の力」なり。

(2020年6月18日投稿)