2月27日の日記で言及した、1994年リレハンメルオリンピックのフィギュアスケート女子シングル金メダリストにして、ウクライナ初のオリンピック金メダリストであるオクサナ・バイウルOksana Baiulについて、少々追記を。
まず、オクサナ・バイウルさんご本人によるツイッターアカウントが存在していました。
2月27日の日記には「バイウル自身のコメントは未だ私の耳には届いていない」と書いたけれども、実際にはバイウルさんはずっと以前から祖国ウクライナへの想いをツイッター上で表明していた。寡聞にして存じず、失礼いたしました。
この他にバイウルさんはインスタグラムのアカウントもお持ちで、そちらでも同様に祖国への愛を表明なさっている。
それから、1994年2月25日におこなわれたリレハンメルオリンピックのフィギュアスケート・女子シングルフリープログラムの動画が、ネットのどこかで公開されているのではないかと思って検索してみたところ、なんのことはない本家本元オリンピックの公式サイトで無料公開されていた(笑)。
考えてみれば当たり前の話か。オリンピックを運営する当事者なのだから、できるだけ完全なアーカイブを持とうとするのは、至極当然なことだ。この時ばかりは、オリンピック委員会の徹底したアーカイブ主義に感謝だ。
しかもこの動画、リンク先をご覧になればお判りのように、全選手の演技はもちろん、競技開始から終了後のメダル授与のセレモニーまで省略は一切なし。流しっぱなしの4時間15分完全収録である。ただしテレビ局の放送分ではないので、実況中継や解説などは一切なし。もちろん日本語吹き替えではありません(笑)。
2006年1月16日の日記に少し書いたように、当時の私の職業上の要請もあり、28年前のあの日私は夜通し編集部のテレビにかじりついて、このフリー競技を最初から最後まで通して観た(その時はもちろん、NHKの放送分なので日本語解説付きだった)。そのあまりにドラマチックな展開に、競技が終わってテレビ中継が終わった後も呆然と椅子の中にへたり込んでしまい、しばらく動けなかったくらいだ。
このリレハンメル大会女子シングルフリーの日本でのテレビ中継は、やはり仕事上の必要から同時に自宅のビデオデッキ(!)で録画しておいた。ええ、あの頃はVHSのビデオデッキでしたねえ。そのおかげで、その後も何度か録画を再生して競技の一部始終を鑑賞することができたのは幸いだった。私にとって、あのフリー競技はそれほどまでに印象深かった。スポーツ競技全体にあまり思い入れが強くない自分としては、極めて珍しいのだが。そのVHSもずいぶん前に処分してしまったので、もう通して観る機会はないだろうと思っていたのだ。ネットで探せばすぐに見つかるところにあるとは知らずに(笑)。
さっそく上記リンク先の動画で、競技の様子を拝見。変に編集されていないナマの映像なので、却って28年前の臨場感が時を超えて甦ってくる。観ているだけで感慨深い。
といっても4時間ぶっ通しで観るのは、すっかり衰えきった私の目にはとても耐えられないので、とりあえず肝心の二人=ケリガン(この動画では2時間58分辺り)と直後のバイウル(同じく3時間6分辺り)の演技を観た。
28年後の視点で改めて観ても、ナンシー・ケリガンのミスひとつなく高いテクニックに支えられた演技は、確かに正確なことこの上ない。現行の採点方法だったら確実にケリガンが優勝していただろう。それでも「与えられた課題を模範的にこなす優等生」の印象が拭えない。つまり、やっぱり全然面白くないのだ。
そこに来ると、直後に滑ったバイウルの演技は、観るものへ訴えてくる「何か」が根本的に違う。人々に見せる、いや「魅せる」ことに力を尽くす演技というか。さすが「氷上のバレリーナ」と評されただけあって、バレエで身につけた表現力がスケートのテクニックを大幅に押し上げて、何か「すごいもの」を私たちに届けようという意志がその演技から伝わってくる。今見てもケリガンの演技なんかよりこっちの方が断然面白い。もう後半なんか会場との一体感が、映像を通してもビンビンに伝わってくる。本人は前日の事故で二針縫った右足の激痛で、気が遠くなりそうだったはずなのに(痛み止めを打ったとはいえ、ジャンプの着地のほうの足ですから……)。それでも次々とジャンプを決めてもう後半はノリにノリまくって、ハリウッドミュージカルナンバーをエンジョイすらしているように見える。ダメ押しに、そんな怪我を抱えているのに、コンビネーションジャンプを最後に持ってくる度胸の大きさまで(コンビネーションは著しく体力を消耗するので、当時の女子選手はプログラムの前半に持ってくる選手が多かった)。今のネット世代の人なら「神演技」とか呼びそうな、一世一代の大舞台だった。
人の心を強く動かすものが芸術であるならば、このバイウルの演技は、まさに「芸術」と呼ぶべきものであった。28年経って改めて観ても、その印象は厳然として揺るがなかった。
映像の最後には、メダル授与のセレモニーが収録されていた。オリンピックのセレモニー史上で初めて流れたウクライナ国歌。今まさにあの国の無辜の人々も、この歌を心の中で口ずさみながら苦難に立ち向かっているのだろうか。それを思うと、28年の時を隔てて今この国歌を聴くことの重さを、ひしひしと感じて心が重くなる。
そうそう、日本語実況中継付き(NHKで放送されたものと思われます)のバイウルさんのリレハンメル・フリー演技の映像を見つけたので、貼っておきます。
(写真は2点とも、2009年7月14日にノルウェーのソグネフィヨルドSognefjordenにて撮影。リレハンメルオリンピックの話だったので、ノルウェーつながりで挙げてみました)
(2022年3月8日投稿)