100年後はやっぱりホテル経営?

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 下高井戸シネマにて、ようやく映画版の『ダウントン・アビー』"Downton Abbey"を観てきた。

 ご存じ英国の超有名テレビドラマシリーズの集大成的映画化作品なのだが、私がこの十数年来すっかりテレビに疎いために、テレビシリーズは全く未見の状態。いきなり映画だけ観て話が分かるのか不安だったが、英国好きを自認する私をよくご存知の旧友で、同じく英国好きでは人後に落ちないGekoさま(もちろんテレビシリーズからの熱烈なダウントニアン)から「映画だけ観ても絶対に好きになるよ」と悪魔の囁き、もとい、お墨付きまでいただいていた。のにねえ、この新型コロナウイルス禍の異常事態のせいで機会を逸しかけ、もう映画館では観られないかと思っていましたよ。なんとか見逃さずに済んで本当に良かった。この映画は、絶対に映画館で、大スクリーンと本格的な音響システムのもとで味わうべき作品でした。

 エレガント!

 エレガント!!

 ひたすらエレガント!!!

 いやマジで。本当に優雅極まりない作品、実に面白かった。観終わった後の後味もとてもよく、楽しく観ました(後味を最重視の私です)。

 映画の冒頭で、大画面に映し出される空撮の英国の田園風景と、その中に聳え立つダウントン・アビーの風格に溢れた威容。英国好きの私にとっては、これだけでOK。言うことなし。あと10回は観たいかな。3回目以降は字幕なしで。英国留学時代は30年前の遥か過去に過ぎ去って英語力もすっかり錆びついてしまった私でも、この映画で話される20世紀初頭の端正なブリティッシュ・イングリッシュなら、けっこうよく聞き取れるので有難い。

 映画のストーリーの骨子は、当時の英国王ジョージ5世夫妻がダウントン・アビーに滞在することになり、そのおもてなしのために館の階上の人々(=貴族や支配者階級)と階下の人々(=屋敷で働く使用人たち)がそれぞれ山積みの難題に直面する、というもの。特にテレビシリーズのこれまでのエピソードの続きではなく、この映画のための独立した物語なので、「初心者」の私でもとても入りやすかった。本編上映前に登場人物の紹介映像を流してくれたのも、ある種のとっかかりになった。

 それでも、さすが6シーズン、全52回のテレビシリーズの蓄積のおかげでものすごい数の登場人物が群像ドラマを織りなすので、それを観ていない私はどこまでついてゆけるか少々心配だった。が、そこは小説などでは長い物語をいくつもこなしてきて想像力の強さを自認する私なので、過去の経緯(さぞいろいろあっただろうなあ)をほぼ全て脳内で補完(でっち上げて?)しながら観られて全編をエンジョイ(?)しました。優れた物語においては、たとえ架空の登場人物でも、そこにパッと現れただけの記号的人物ではなく、そこに至るまでの人生の軌跡と背景を持ち合わせている「生きている人間」として描かれているからね。

 もともと私は、大勢の登場人物のエピソードが同時進行して積み重なる群像ドラマがものすごく大好きなので、そこも大いにツボだった。そういえば、この作品の前に観た映画が登場人物19人のイタリア群像もの『家族にサルーテ!』だった(2020年8月3日の日記参照)から、このタイプの作品が続いたなあ。いかに私が群像ドラマ好きか(笑)。

 もうひとつの、まさにテレビシリーズの膨大な蓄積の集大成だなと思ったポイントが、とにかく物語の内容がヴァラエティに富んでいること。貴族社会の伝統と家族の絆や確執、いくつものロマンスにサスペンス&アクション、当時の歴史的事件や社会問題・民族問題を踏まえたエピソード、厳格な階級社会の中でともに暮らす貴族と使用人たちとの様々な逸話。それらの「大河ドラマ」が、女性の自立や性的少数者の葛藤なども取り込み、現代的にアップデートされている。これだけの要素が2時間の中に巧みに詰め込まれ、しかも終幕で綺麗に解決される、そのプロット構成。それ自体がストーリーテリングの旨さ、物語作りの職人芸をを感じさせて実に素晴らしい。だがそれ以上に、それだけの様々な要素が、このテレビシリーズの6シーズンもの間延々と続いた数多くのエピソードの中でひとつひとつ丹念に語られ、この大河のごとき物語の中に溶け込んでその一部と化した、そのゆえであることを実感する。この物語が経てきた歳月の長さと重みとが痛切に伝わってきて、胸がいっぱいになってしまうのである。まさにこの映画一本で、ドラマ52回分が凝縮されて、そのクライマックスを味わえるといってもいいかも。

 実際のところ、この映画がドラマの流れを踏まえた後日譚として、そしてその集大成としてシリーズの掉尾を飾る存在に位置付けられたのは想像に難くない。さらに、映画なので予算も物語のスケールも大幅にアップして、作る側にとってもファンにとっても「お祭り」的な意味合いもあろう。その意味でも、これはとても成功した企画だったのではないだろうか(私はテレビを未見なので、あくまで想像でしかないが)。

 

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 そして特筆すべきは、なんといってもジョン・ランJohn Lunnによる音楽! もちろん、テレビシリーズからのダウントニアンたちにとっては、おなじみのテーマ曲が流れてきただけで感涙ものだろうが、初心者の私でもこの音楽をとても気に入った。格調高さを保ちつつもモダンにアップデートされたチェンバー・ミュージックが全編にわたって鳴り響き、物語の風格とドラマ性を高めている。映画のサントラ(主題歌とかじゃなくて、あくまでスコア=劇伴音楽ね)好きな私は、この作品のように上映時間中ほとんど切れ目なく音楽が鳴っているタイプの作品が大好きななのだ。もともとは小中学生の時分に強い影響を受けた「スター・ウォーズ」オリジナル3部作、その中でも特に『帝国の逆襲』がまさに音楽が切れ目なく流れるタイプの作品だったのが大きいと思う。一度聴いたら耳に残るテーマ曲の良さは言うに及ばず。さっそく翌日に、サントラ盤CDを購入して、毎日ヘビロテ中(笑)。

ダウントン・アビー オリジナル・サウンドトラック

ダウントン・アビー オリジナル・サウンドトラック

 

 

 最後に、キャストについて少々。伯爵を演じるヒュー・ボネヴィルHugh Bonnevilleは、映画版「パディントン」シリーズでブラウン一家のお父さんを演じた、あの人なのか〜。伯爵の亡き三女の夫トム・ブランソンとともにこの映画の実質的中心役を担う長女メアリーを演じたミッシェル・ドッカリーMichelle Dockeryは、どことなくスウィング・アウト・シスターのコリーン姐さんを彷彿とさせる。役柄の髪型のせいか?

 そして、何より現在85歳のディム・マギー・スミス御大Dame Maggie Smithの、堂々たる貫禄と圧倒的な存在感。婉曲表現に満ちつつ実に鋭い、英国流毒舌の数々。これまた言うことなしです。彼女が演じる長老ヴァイオレットが終幕近くでメアリーに告げる、

I'm all right until I'm not.


(「私は大丈夫なうちはずっと大丈夫よ」……というくらいの意味か)

という科白は、なんともウィットに富んだ言い回しで、とても気に入った。

 さてさて、2度目を観るのはブルーレイを購入、ということなるのかしらん? と同時に、やはりこれは遡ってテレビシリーズに手を出しそうな予感も……。Gekoさまからも「今まで何があったか知りたくなるかも」と忠告(?)されていたっけ(笑)。

 

 映画の終幕近くに、100年後のダウントンアビーの姿について思いを馳せる会話がある。この映画版は1927年の設定なので、その100年後というと今から7年後、近い将来だ。仮にダウントン・アビーが実在していたら、その時どうなっているだろうか。やっぱり最近の英国の領主館によくある、星つきレストランのあるマナー・ハウス・ホテルを経営している……なんてことになっているだろうか(笑)。それも悪くないかしらん。私たち一般人も泊まりに行けるし(笑)。

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 参考までに、ダウントン・アビーの撮影に使われたのは、ハンプシャーにあるハイクレア城Highclere Castle。ここは、現在もカーナーヴォン伯爵家が居住する「現役」のお城らしいが、夏季には一般公開されており、当然のごとくダウントニアンたちの「聖地」として多くの訪問客で賑わっているという。ロンドンから日帰りで行けるようだし、次に英国に行く機会にはぜひ訪れたいものだ。

https://www.highclerecastle.co.uk(ハイクレア城オフィシャルサイト)

 

(写真は3点とも、2008年9月10日に英国カースル・クームCastle Combeにあるザ・マナー・ハウス・ホテルThe Manor House Hotelにて撮影)

 

(2020年8月10日投稿)